以前、仁志と交わした会話が脳裏に蘇り、唇を引き結ぶ。

あれは碌鳴学院に鳳桜生徒会がやって来たときのこと。

「碌鳴の生徒たちは「女性」をどう思っているのか」と尋ねた光に、仁志ははっきりと言った。

生徒たちは自らに課せられた責務のために、恋した相手ではなく「家」の利益に繋がる女性と結婚する。

学内の恋愛には期限があり、終焉が定められた関係である。

「女性」は「現実」の象徴であり、「別れ」の象徴でもある、と。

そう言ったのだ。

なぜ忘れていたのだろう。

「仁志会長には婚約者がいらっしゃいませんから、フリーと言えるんです。仁志家は名門ですし、繋がりたいと思う家は多いでしょう」

補足説明をする鴨原も、それに頷く神戸も、平然としている。

学内における同性間の恋愛は、外に持ち出すものではないと割り切っているのが見て取れる。

話題は誰が仁志を射止めるかに移ったが、光は何を言うことも出来なかった。

「碌鳴学院」という箱庭で生きる少年たちは、その狭く限定的な空間に執着する一方で、驚くほど冷静に現実を受け入れている。

箱庭内でのみ許される同性同士の恋愛に溺れながらも、卒業と共に関係を清算する覚悟が備わっている。

例えどれほど強く想い合おうと、行き着く先は別離であると知っているのだ。

それは恐らく、仁志と綾瀬にも言えること。

二人が別れるなど想像すらしたことはなかったが、やがては別の道を行くに違いない。

己を待ち受ける美しい椅子のために、白い繊手を取るだろう。

箱庭の恋に身を投じる者たちは、すべてが刹那の夢と承知の上で微睡に浸っているのだ。

ならば、あの男も。

穂積もまた、同じように考えているのか。

僅か数か月で終わることを前提に、告白をしたのではないか。

渡された恋心に嘘はなくても、彼の立場を鑑みれば至極当然のことだった。

千影の胸の奥底で、どくりと欲が蠢いた。

どうせ終わりが来るならば、穂積に「それ」を明かしてしまえばいい。

醜いほどに肥大して、理性の鎖が食い込み血を流す「それ」を、解き放ってしまえばいい。

今にも破裂しそうな恋情を。

千影は碌鳴学院の生徒らしく、箱庭の恋に溺れる自分を夢想して――苦笑を零した。
「……無理だ」
「無理じゃないって!」
「そうですね、無理とは言えないと思います」

予想外の応答は、対面から投げられた。

一気に思考の内側から抜け出し、光は俯けていた顔を持ち上げる。

驚きに支配された顔で見やった先には、確信に満ちた目をする神戸と鴨原がいた。




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