顔を背けて目を合わせようともしない神戸に、ぎょっとする。

いつも無駄に感情的な彼が、今はまったくの無表情になっているのだ。

「あら? ご機嫌ななめですのね。わたくし、何か変なことを申しました?」
「別に」

五十鈴の問いにも態度は変わらず、神戸は冷淡とも言える声音で切り捨てた。

他校での振る舞いに気を付けるようにと話したのは、今しがたのこと。

まるでらしくない彼の様子に、光は困惑してしまう。

神戸は集中のあまり周囲が見えなくなることはあっても、空気が読めないタイプではない。

なにが彼をおかしくさせたのか見当もつかず、光は注意を出来ずにいた。

「――長谷川って言ったか? 私はそっちの方が気になるんだけど」
「え?」
「朱莉が言ってたみたいに、転校生なんだよな。今まで聞かなかった名前だし」

話題の転換を図ったのは新村だ。

漂いかけた不穏な空気を打ち消すため、光は内心で首を捻りながらも即座に応じた。

「はい、今年の六月に碌鳴に編入しました。って、あれ? 俺、転校生って言いましたっけ」

鳳桜学院に来てからこちら、光が自分のことを語ったのは今が初めてだ。

出会い頭に「転校生」と言い当てた川神に視線を向けると、赤縁眼鏡の奥に並んだ瞳と遭遇した。

細い肩をビクリッと震わせた少女は、光の眼から逃れるようにますます顔を俯ける。

「あ、あの、今まで聞いたことのないお名前でしたし、それに、その、外見が王道転校生だったので、それで」
「あー、気にしないでくれよ。朱莉は人よりちょっと……なんだ、ほら」
「想像力が豊かですの」
「そう、それ!」

五十鈴の助け舟に、フォローの言葉に詰まった新村はポンッと手を打った。

納得のいく説明には程遠かったが、川神や他の面々の反応から光は追及を諦めた。

下手に突けば藪蛇になりかねない気がする。

「何にしても、転校生がいきなり新副会長なんて大抜擢だよ。特に家柄がいいってわけでもないんだよな」
「はい、碌鳴では珍しい中流層です。俺自身、副会長を打診されたときは驚きました」
「なんで引き受ける気になったんだ? 外から来たヤツにとって、うちや碌鳴みたいなところは奇妙に感じると思うんだけど」
「碌鳴にとって必要なことだからです」「お前が?」
「富裕層以外の役員が」

新村の挑発的な物言いに、光ははっきりと返事をした。

これまで碌鳴生徒会は、名家出身者や資産家の子息によって構成されてきた。

学内の中でも突出した家柄の者を集めることで、家格意識に染まった生徒たちは生徒会の強権を受容し従っていた。

だがそのために、生徒会役員と一般生徒の間には深く大きな溝が生まれてしまった。

役員は生徒たちの実情を知らず、生徒たちは役員の実態を知らず、同じ学び舎に通う生徒同士でありながら別世界の住人と化していたのである。

この異様な関係が抱える危険性は、インサニティの流行という形で表面化し、さらにもう一つの問題をも浮き彫りにさせた。

「歴代生徒会役員のほとんどが上流階級出身者だったために、生徒たちの中では上流階級出身者が役員になるという意識が根付いてしまっています。家柄は決して無視していいものではありませんが、それがすべてじゃない」

碌鳴学院に在籍する生徒たちの多くは、将来なにがしかの要職につく。

その際に必須となるのは、物事を総合的に判断する能力だ。

あらゆる要素を客観的に捉え、冷静な決定を下さねばならないとき、学生時代に植え付けられた固定観念は邪魔になる。

ただでさえ生徒たちは家格重視の傾向にある。

家柄に勝る個人の存在は、曇りかけた彼らの判断能力を明瞭にすると共に、碌鳴学院全体の体質改善に繋がるはずだ。

「生徒会役員の意味が変わってしまうことを防ぐために、庶民の俺が選出されたんです」
「そこまで分かってるなら、合格かな」
「……新副会長としてですか」

満足げに首肯して見せた新村に、光は苦笑を滲ませた。

試されていると勘づいてはいたが、ここまで明け透けに言われるとは思わなかった。

仁志は不満げな様子だが、光としてはこの先も交流を持つであろう相手に認めてもらえて、悪い気はしない。

「いや、私のスイートハートの後任として」

予想とは微妙に異なるセリフに、仁志が再び眦を釣り上げるのは次の瞬間である。




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