◆
「いい加減諦めろっ!!」
「無駄なんだよ根暗ぁっ!」
「仁志様に近寄りやがってっ。てめぇの顔を見たことあんのかよっ!」
背中に叩き付けられる悪意や敵意。
殺意よりもよほど恐ろしい感情。
純粋な敵愾心は限度を見誤りやすく、気付いたときには死んでいた。そんな事件を引き起こす。
捕まれば最後だ。
どうしようもなくなった少年は、絶対に取りたくはなかった道を選ぶしかなかった。
一番近くに見える階段を、上ったのである。
二階、三階。
段差に足を乗せてしまえば止まらなかった。
二階から別の階段を下りればよかったのに。
華奢な身体の中には、焦りと不安、そして紛れもない恐怖がいっぱいに詰まり、冷静な思考を奪ってしまった。
取ってはならない行動をしてしまった事実もまた、光から正気を殺した一因だろう。
さらに四階まで行こうとした少年は、しかし防火シャッターで完全に封鎖されている四階へ続く階段に気付き、仕方なく三階の廊下を駆け出す。
自分一人の足音と、膨大な量の足音。
多くの負の感情を浴びせられ、柔ではないはずの心も怯えてしまいそうだ。
「お…れって……っは、運ワルっ……っ」
なけなしの理性で自嘲した光は、けれど一本道の廊下で急に失速した。
完全に足が止まる。
体力の限界も来ていたが、理由は他にあった。
背後に続く生徒たちの足も止まった。
「ははっ、残念だったなぁ」
「ヲタ撲滅運動開始ってか?」
「僕らの仁志様に纏わりついて、生きてられるわけなねぇだろブスっ!」
「そうだっ!お前なんて……」
「お前なんて……」
光の世界から、生徒の罵声が消えた。
もう耳に入れるのも億劫なのだ。
疲れたように硝子窓に肩で寄りかかる。
「俺、死ぬかも……」
背後には生徒の群れ。
そして。
正面にもまた、生徒の群れがいた。
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