新村は何かを確かめるかのように、光を頭のてっぺんから足の先までじっくりと眺め回す。

突き刺さる視線に生物としての防衛本能が刺激され、つい後ずさりかけたとき。

新村が叫んだ。

「なんだこの黒もじゃは!」
「は?」

言われた単語の意味が分からず、間抜けな疑問符が転がり出る。

「せっかく、せっかく碌鳴の新役員が見れると思ったのに……なんだって私のスイートハートの後任が、この黒もじゃなんだよ! 仁志、お前は何を基準に役員を指名したんだ!」
「実力に決まってんだろ、しばくぞてめぇ!」
「お前にそんな冷静な判断が下させるかよ! 大方、珍しく気の合う友達とかだろう!」
「それの何が悪ぃんだよ! つか「私のスイートハート」ってのは、まさか綾瀬先輩のことじゃねぇだろうな!?」
「それ以外に誰がいる。きめ細かな白い肌、艶やかに流れる長い髪、思わせぶりな言葉の数々はまるで小悪魔……いや、やはり天使だ! 私の天使、滸ちゃん!!」
「はっ、残念だったな! 今や「俺の」綾瀬先輩だ! 間違ってもてめぇのもんにはならねぇよ!」
「な……んだと……お前、お前まさか滸ちゃんを無理やり――!」
「ざけんなアホ!!」

猛然と繰り広げられる舌戦に、誰が割り込めるだろう。

彼らは現状を理解しているのか、とか。

初対面の相手に「黒もじゃ」はどうなのか、とか。

綾瀬先輩の人気は学校を越えるのか、とか。

次々と飛び出すツッコミどころに、思考が追い付かない。

つい黙って事の成り行きを傍観してしまう。

大声で罵り合う二人を前に、碌鳴学院の役員は一人として動けずにいた。

だが、視界の端に見慣れぬ色を見つけた瞬間、光の石化は解けた。

「うわっ!?」
「あら。わたくしとしたことが、こんなに近づいていたなんて。失礼いたしましたわ」
「え、なに、いつの間にっていうか、え?」

「うふふ」と楽しげに喉を鳴らすのは、蠱惑的な笑みを浮かべる美少女だ。

大きな青い猫目にぽってりと厚い唇、華奢でありながらボリュームのある胸とスカートから伸びる白い脚。

まるで甘酸っぱい香水のように、誰もの意識を惹きつける誘惑的な容姿だ。

一歩間違えれば、色欲の眼差しを集めかねない。

だが、彼女からは不思議と現実感を感じなかった。

ペールトーンのピンクに染められた髪が、幻想的な雰囲気を演出しているためだ。

肩の上で波立つ奇抜な色彩が、小悪魔めいた魅力を中和し世俗の欲を遠ざけている。

お伽話やファンタジー映画の登場人物を前にした気分だった。

どう反応したものか戸惑う光に、相手は楽しそうに口端を持ち上げると、今なお仁志と争う新村を振り返った。

「おやめなさいな、祥。秋吉さんが気に入らないのはいいとしても、新副会長さんについてはあなたが間違っていますわよ」
「滸ちゃんがお前なんかに――って、はぁ!? どこかだよ!」
「まだお気づきにならないの。祥もまだまだですわね」

意外な言葉を聞いたというように、新村は文句の矛先を変えた。

語気はそのまま、光を思い切り指差す。

「この黒もじゃの何に気付いてないって言うんだよ、えみり!」
「あらあら、自分で気付いて初めて意味がありますのよ。そうね、もっと近くでご覧なさいな」
「嫌だね! 私はキレイな子と可愛い子と女の子にしか近づきたくない」
「相変わらず百合ってんな。つか、差別か」
「いつから碌鳴の生徒会長様は、個人の趣味嗜好に口を出せるほど偉くなったんだ。だいたい、私は美しければ男も女も関係ない! おい夏輝、抱きしめてやるからこっち来い!」
「その外見至上主義が問題だっつってんだよ! 節度とか節操とかねぇのか、てめぇは!」

第二ラウンドが始まりそうな気配に、えみりと呼ばれた少女がため息をつく。

再び青いカラーコンタクトに覆われた瞳に晒され、光はドキリとした。




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