傲然と放たれた一言に、腹が立った。

言いたくて、言いたくて、堪らなく苦しい気持ちを抱えているのだ。

暴走しそうな恋情を、疲弊し切った理性で無理やりねじ伏せているのだ。

穂積が平然と言ってのけるその一言は、千影にとって何を語るよりも難しい。

千影の事情を少しも斟酌してくれない男に、瞬間的な怒りが湧き上がった。

「寝言は寝て言えって言っただろ。俺が会長のこと? 好きなわけな――」
「言うな」

制止を要求されずとも、先を続けることは出来なかった。

唇を塞ぐ大きな掌に、暫時、呼吸さえ堰き止められる。

千影は驚愕に目を見開いて、間近に迫った男の双眸を凝視した。

研ぎ澄まされた眼光は、まるで敵を前にしたかのようだ。

忌々しげに眉根を寄せて、千影を睨みつけている。

そこには、寸前まであった余裕など欠片もない。

手負いの獣さながらの、獰猛さが溢れ出ていた。

「どんな事情があって言えないかは知らないが、それを聞いて俺が何も感じないと思うか」

絞り出すように吐き出されたセリフに、ようやく己の過ちに気付く。

確かに穂積は装っていた。

不機嫌ではなく、余裕を装っていた。

強気な口説き文句も、積極的なアプローチも、すべて演じていたに過ぎない。

好きな相手から拒絶を受けて、平気でいられる人間などいるはずがないのだ。

傷つけるのは覚悟していた。

だが、穂積があまりにも平気な顔でいるから、傷つけている自覚が足りなかった。

一度気付けば、思い当たる節は幾度もあった。

告白をされた雨の日も、碌鳴館のエントランスで迫られた夜も、穂積の瞳を過る暗い影を見た。

瞬きの間で消えてしまうから、見間違いと片づけてしまっていたが、あのとき穂積は痛みを覚えていたのだろう。

どうして分かってくれないのか、諦めてくれないのかと、憤りすら覚えていた自分が恥ずかしい。

真の想いを告げられないのは、辛く苦しい。

けれど、真の想いを拒絶されるのも、辛く苦しいに決まっている。

心臓が悲鳴を上げているのは、千影ばかりではないというのに。

相手の心を考えていないのは、千影の方だった。

押し寄せる罪悪感に身動ぎ一つ出来ずにいると、穂積の手がそっと離れて行く。

「……悪い」

小さな謝罪を残して部屋を出て行く背中に、かける言葉は見当たらなくて、千影はただ呆然と見送る外なかった。

謝るべきは誰なのか。

穂積に傷を負わせたのは、誰なのか。




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