千影では穂積の隣に立てない、相応しくないのだ。

書類に目を通す素振りで顔を伏せると、光は密かに吐息を吐き出した。

それをどう受け取ったのか、思いがけず柔らかな声音が鼓膜に触れた。

「お前が気にすることじゃない」
「けど……そう言えば、どうして会長が持って来てくれたんですか」

ふと思い至り、光は視線を持ち上げた。

普段は光が現役員執務室に赴くか、綾瀬が書類を持って来る。

それが今日に限って、穂積が仕事を届けに現れたのだ。

現生徒会長が指導をするのは新生徒会長であり、仁志は寮に戻っていると聞かされたばかり。

仁志に用があるついでに綾瀬の書類も持って来てくれた、というわけではないだろう。

意図が読めずに首を傾げれば、穂積の笑みが深まった。

優しげと感じたのは一瞬で、即座に考えを改める。

脳内で警報が鳴り響いたときには遅く、黒曜石の眼差しに囚われていた。

熱情によって色を深めた極彩色の煌めきが、光の心を惹きつける。

今にも陥落しそうな脆弱な理性に、舌打ちをしたい気分だ。

穂積の生み出す空気に抗おうと、瞳に力を込めて相対した。

「分からないか。俺がなぜ、ここに来たのか」
「分かりません」
「なら、教えてやる」
「遠慮します。知らなくても困りません」
「お前は困らなくても、俺が困る」

必死に拒絶の言葉を紡ぐ光とは対照的に、穂積はどこか楽しそうにも見える。

告白をしてからというもの、穂積の攻撃はエスカレートしていく一方だ。

好意を隠すことはしないし、隙さえあれば口説き文句を口にする。

けれど、その表情にはいつも余裕があった。

焦燥感に苛まれる光とは異なり、切迫した印象は少しも感じられない。

真剣であるのは理解できても、からかうような態度に遊ばれている気分になりそうだ。

いつかのように追い詰められて、今度はデスクにぶつかる。

穂積は一歩分の距離を置いて止まったけれど、とても逃げられそうにない。

光に出来ることと言えば、可能な限り冷徹に穂積の誘惑を撥ね退けることだけだ。

「お前の顔を見る口実が欲しかった」
「聞いてません。やめて下さい。迷惑です」
「いい加減に聞き飽きたな。そろそろ素直になってもいい頃だろう」

「辟易した」と言いながらも、彼には事態を楽しむ精神的なゆとりが見て取れる。

不機嫌そうに顔を顰めるものの、ポーズのように思えてしまう。

聞き分けてくれないことに対する苛立ちに、拗ねた感情が混じった。

「俺はいつでも素直です。会長の妄想に付き合う気はありません」
「そうだな、妄想に付き合う必要はない。ただ本音を言えばいいだけだ」
「本音?」
「俺が好きだろう」




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