薔薇の一片。




碌鳴館へ繋がる並木道を進みながら、光は先ほど別れた渡井との会話を反芻していた。

副会長方の筆頭に名乗りを上げた渡井は、すでに補佐委員の結成に向けて動いているという。

光に悪感情を抱いていない生徒に接触し、勧誘を行っていると教えてくれた。

渡井に任せきりの現状に慌てたものの、彼は「この件は預けてくれ」と言った。

本来、補佐委員の各方は生徒会役員に選出された生徒の親衛隊で結成する。

役員が何もしなくとも、代替わりの時期には当たり前のように出来上がっているらしい。

学院内での人気がほぼ皆無な光と言えど、役員に就任した以上、自分で動けば沽券に係わる。

役員自ら補佐委員集めに奔走したとあっては、「副会長」という肩書に傷をつけかねないと説明された。

立場や体面を重視する碌鳴学院らしい発想だ。

自分のことを他人任せにするのは心苦しいが、調査や役員の仕事で手一杯であるのも事実。

渡井の申し出は有り難かった。

煉瓦の敷かれた道の両脇に並ぶ街路樹は、随分と葉を落としている。

根本は枯葉で埋まり、時折吹く冷気の乗った風に巻き上がる。

秋の終焉を間近に感じながら、光の意識は渡井と交わしたもう一つの話題に向かっていった。

「そういえば、もうすぐだね。誕生日」
「誕生日? 誰の」
「いやいや、誰のって光ちゃん……本気?」

何気なく言われた内容に、光は首を傾げた。

驚愕と困惑の入り混じった表情をする渡井は、「まさか」というように光を凝視している。

渡井の反応を怪訝に思っていると、彼は窺うようにそれを告げた。

「十一月二十七日でしょ? 穂積会長の誕生日」
「え」

言われた意味を理解するより早く、海馬の中から以前目にした穂積の詳細情報が引き出される。

次いで今日の日付と、二十七日までの猶予日数までが一瞬にして算出される。

「二週間ない……」
「あ、やっぱりプレゼントするの? それとも何か企画するとか」

知らず零れた呟きを拾われて、ようやく光は我に返った。

どうして焦ることがある。

誕生日というのは目出度いが、光が何かをしなければいけない義務はない。

きっとお祭り好きの綾瀬が主体となって、生徒会内で祝うだろう。

光はそれに参加して、他の役員と共に「おめでとう」と言えばいいだけだ。

残された時間の短さに、動揺をする必要などどこにもない。

光は穂積の告白を拒んでいるのだから。

妙に落ち着かない気持ちを隠して、光は努めて平静な顔で言った。

「いや、たぶん綾瀬先輩とかが企画しているんじゃないか」
「ふーん、でもそれって生徒会全体のことでしょ。個人的に何かやらないの」
「やらないよ。そんな余裕もないしな」

少しずつ慣れては来たが、覚える仕事は山とある。

苦笑と共に返し、短い別れの挨拶と共に碌鳴館へと爪先を向けかけた。

それを引き止めたのは、渡井の笑み含みの声だった。

「いいの?」
「なんだよ、売店売り切れるぞ」
「なら学食行くよ。それよりいいの、光ちゃん。穂積会長、卒業しちゃうんだよ」

挑発するかのように言われた内容に、思わず足が止まる。

取り繕った余裕が崩されて、思わず真顔で立ち尽くした。

「後悔しない道を選びなよ、光ちゃん」




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