「プリンといちご、どっちがいい?」
「どっちも甘いのか。じゃあ――」
「俺が新副会長方の筆頭になってもいい?」
「いちご……は?」

飴の味を説明したのと同じ、軽い調子で言われたセリフに耳を疑う。

今、渡井は何と言っただろうか。

すぐには理解ができなくて、思わず対面を凝視する。

疑問符の形で口を半開きにした光に、渡井はおかしそうに喉を鳴らす。

そうしてもう一度、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「俺が、新副会長方の筆頭になっても、いい?」
「いや、いいって言うか……なんで」
「そりゃあ理由は一つしかないでしょ」
「なに」
「光ちゃんが好きだから」

簡潔な説明は光の混乱を解消するには至らない。

むしろ、疑問を深めただけだ。

渡井は光の手にいちご味のキャンディーを握らせると、自分はプリン味の包みを破いて口に入れた。

「甘い」と笑う姿を困惑のままに見つめる。

「初めて会ったとき、光ちゃん俺の心配してくれたでしょ? 自分が大変な状況にあるのに。いい子だなーって思った。それからさ、結構気にするようになったんだよね」

渡井と初めて言葉を交わしたのは、二学期に入ってからだ。

思うように進まない調査と仁志との関係に悩んでいたとき、寮の食堂で声をかけられた。

あの当時、光の立場は今よりもずっと危うく、人懐っこく接して来る渡井に迷惑をかけてしまうのではと、その身を案じた。

思い返せば、確かに光が気遣いの言葉を口にしたことで、渡井の態度は一層軟化していた。

営業スマイルから、彼本来の笑顔に変わったのである。

「俺、ホストなんてやってるから、色々情報入って来るんだ。だから、光ちゃんがこれまでどれくらい大変だったのか、少しは知ってるつもり」

どこか含みのある発言に、内心どきりとする。

以前、会長方について忠告をして来たときといい今回といい、渡井はどこまで碌鳴学院内の事情を知っているのだろう。

インサニティについては知らないようだが、彼の情報網を考えると安心は出来なかった。

だが、渡井は真っ直ぐな目で光を見据えた。

嘘や偽り、思惑や打算のない真摯な眼差しに、先ほどとは違う意味でどきりとする。

「七夕祭りも、サマーキャンプも、それに会長方とのことも。滅茶苦茶なことばっかりなのに、光ちゃんは今もこうして頑張ってる。真っ直ぐな目で、真っ直ぐに立ってる」

相手に対して抱いた印象を、そのまま自分に返される。

渡井の真っ直ぐな目に、光は真っ直ぐな存在として映っていると知り、息を呑んだ。

「俺が、まっすぐ……?」
「うん。逃げないで、めげないで、ただ一生懸命。すごく、真っ直ぐでしょ」

光にとって、真っ直ぐなもの。

仁志 秋吉という男、弓矢に見る穂積 真昼の心、今目の前に立つ渡井 明帆の瞳。

そうして、渡井の真っ直ぐな瞳に映る自分。

ずっと焦がれ目指していたものに、自分はなっているのだと告げられ、胸がいっぱいになる。

「そういう光ちゃんのこと、好きだなって思うよ。力になりたいって思う」

渡井はいつもの愛嬌のある笑顔ではなく、穏やかな微笑みを浮かべた。

身を屈め、光の顔を覗き込む。

「ね、答えは?」
「あ……」
「俺が新副会長方の筆頭になっても、いい?」

光の想いなど分かり切っているだろうに、彼はじっと返事を待っている。

真っ直ぐな瞳に、光を映して。

「よろしく、お願いします」

胸の中心から湧き上がるあたたかな気持ち。

歓喜と感謝に押されて紡いだ音は、微かに震えていた。

「うん! こちらこそよろしくね。新副会長さん」

渡井は柔らかい微笑の代わりに、にまっと笑う。

彼らしい嬉しそうな笑顔と共に、指の長い綺麗な手が差し出された。

それを気恥ずかしさの滲む笑みで握り返せば、光の脳裏には数日前の出来事が蘇ってくる。

すべてを打ち明けたあの日、穂積と交わした握手が。

自分を認めてくれる手は、支えてくれる手は、いつの間に増えたのだろう。

穂積の手も、渡井の手も、こんなにもあたたかい。

光にぬくもりをくれる手は、今や木崎のものだけではないのだ。




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