上がりはじめた息と、額から零れた汗。

不味い。

そう思ったけれど、彼らを撒いて逃げるには光が学院に来てからの日数が短すぎた。

図面上では分かっていても、地の利があるのは背後の群衆であることは明白だった。

身体を動かすことで、眼鏡が鼻の上で跳ねている。

さらに邪魔臭いのは前髪。

時々目に入りそうになるから嫌だ。

気にしていなかった些細なことで苛立つのは、光の中から余裕が完全に消え失せた証。

自覚すればさらに焦燥が募った。

しばらく屋外を駈けずり回っていたが、正面に見えた生徒の壁に慌てて右折する。

心臓が、続く運動とは別の理由で高鳴った。

勝手に展開された脳内の地図。

本校舎を出た自分は右に向かって走り、その後東棟の外縁に沿って逃げてきた。

今右折したせいで、コの字を描く建造物の逃げ場のない方に来てしまったのではないか。

「マ…ジ……?」

目に入った本校舎の姿に頬が引きつった。

人は何かに追われた場合、いけないと分かっていても上に行く習性がある。

ビルの屋上に上ってしまったりするのがいい例だ。

当然、光はそんな愚かな真似はしない。

地上にさえいれば陸が続く限り、逃げ場はある。

大げさな話だが極端に言えばそうだ。

勿論、すべての事由において正しい方法とは言わないが、今回の場合はこれが適用された。

だがもうそんなことは言っていられなかった。

いけないと分かっている。

危険だと分かっている。

だけれど道は一つだけ。

運よ見放さないでくれ、と念じると、光は東棟の非常口から校舎の中へと入って行った。

幸い、東棟を領土にする木軍の生徒はいない。

どうやら校舎横をひた走る少年を見つけるや、みな揃って追いかけっこに参戦したらしい。

つまるところ、ここにいたはずの生徒たちは、今自分の背後にいるわけである。

これならば昇降口から出て、本校舎に戻れるかも。

運を信じてみてよかったと、僅かに差した希望が脆くも崩れたのは次のとき。

光の行く手を阻むように、正面から複数の生徒がこちらに向かって走って来たのだ。

彼らの方に行かなければ昇降口には辿り着けない。

神は我を見放したっ!

無神論者だが言いたい気分であると察してほしい。

彼の口から零れたのは、荒い呼吸だけであったけれど。




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