◇
四時間目の終了を告げるチャイムと共に、光は鞄を片手に席を立った。
食堂や売店へ行く生徒に混じって、教室を出ようとしたところで声がかかる。
「あれ? 長谷川もう行くのかよ」
「そんなに長い時間、抜けていられないからな」
ロッカーに教科書をしまう飯村に手を振って、そのまま賑やかな廊下へと出た。
久しぶりに受けた授業は、まったく集中できなかった。
気分転換にと綾瀬が勧めてくれたのだが、もったいないことをしてしまった。
厚意を無下にしてしまった原因は、現在までも光の思考を占める木崎からの報告にある。
佐原の寮部屋で見つけたという写真の画像を見せられ、驚愕したのが昨晩の話。
それからずっと、光は考えを巡らせ続けていた。
佐原が密売人であると情報提供をして来たのは須藤だ。
後夜祭の夜、彼はこれまでの経緯を説明する中で、自分と佐原の関係については言及しなかった。
やましいことがないのであれば、黒いファイルを手渡したあのとき、話していてもおかしくはない。
だが、須藤は黙っていた。
インサニティ調査に必要がないと判断した、打明け忘れていた。
可能性はあるけれど、どうにも腑に落ちない。
写真の様子を見るに親しい付き合いはなかったのだろうが、隠していた事実が引っ掛かった。
以前、調査をしたところ、彼らの出身大学はそれぞれ国立と私立体育大で異なっていた。
今回、この写真が見つからなければ、光たちが二人の接点に気付くことはなかったかもしれない。
気になるのは、須藤が隠していたことの外にもある。
佐原がその写真だけをアルバムに挟んでいた点だ。
丁寧に並べられた写真の中、貼り付けられていない一枚は異質と言える。
木崎の報告では、貼り付けるスペースすら作られておらず、挟んでいた場所も関連性のないページだったとのこと。
つまり、佐原にとってもあの写真は、何らかの意味を持つものなのではないか。
佐原と須藤の関係は、良好とは言い難い。
もし佐原が、あの一枚を何らかの思惑をもって所有しているならば、それは攻撃材料でしかないはずだ。
過去に佐原と繋がりを持っていたことが、須藤にとって脅威となる。
――あの男もまた、インサニティと関わりがあるのでは
一つの仮定に辿りついた瞬間、光は思わず足を止めた。
階下へ向かう階段の隅で立ち尽くし、現実の映らない瞳で傍らを過ぎゆく生徒たちを映しだす。
「なんだ、これ……」
光の頭に広がったビジョン。
それは一学期の中間テストの結果を、須藤に褒められたときのものだった。
あのときは頭を撫でる手に、保護者のぬくもりを連想した。
なのに今、蘇った記憶が光に与えるのは、紛れもない悪寒。
両極の反応を示した自分自身に、困惑せずにはいられない。
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