だが、想い人の攻勢は僅かにも揺らがなかった。

「間があった」
「はい?」
「反論までに間があった。躊躇うくらいなら、嘘をつくな」

なぜこの男は、見破ってしまうのだろう。

一切の動揺もなく指摘され、必死の防御が容易く崩れる。

彼と目を合わせているのも限界で、逃げるように顔を俯けた。

黒曜石の双眸には、紛れもない熱情が灯っていたのだ。

秘密を明かした日には見せなかったのに、今は隠すことなくはっきりと燃えている。

「千影」
「こんなところで、呼ばないで下さいっ」
「ならどこで呼べばいい。お前は俺と二人でいるのが怖いのに」

その通りだ。

千影は恐れている、今この瞬間も。

胸に隠した真の想いが、理性の戒めを振り解きはしないかと、怯えている。

自分で自分を裏切らない自信がない。

千影とて、言えるものなら言ってしまいたいのだ。

「好きだ」と言われたあのときから、彼への想いは深まる一方。

衰える気配は微塵もなくて、募る恋情が身の内を満たして行くだけ。

恋した相手に同じ気持ちを向けられて、どうして口を閉ざしたままでいられるだろう。

けれど、千影はその難題を実現しなければいけない。

穂積と千影の間には、目に映らない絶対の境界線がある。

碌鳴学院の「生徒会副会長」という肩書だけでは、到底越えることの出来ない禁断の一線が。

「千影?」

気遣うような声音が頭上に落ちて、千影の口角が自虐的に歪む。

例え腕が抜けるほど手を伸ばしても、喉が潰れるほど名を叫んでも、千影は穂積に届かない。

決して交わることのない別世界に在る以上、迎える未来は知れている。

痛みに喘ぐほど分かっているのに、行き場のない想いが刻一刻と理性を侵す。

言いたい、言えない、言ってはならない。

終わりの見えた恋をするには、千影は心を傾け過ぎていた。

「……困らせたいわけじゃない」
「え?」

小さく漏れた呟きを、理解する前に解放される。

唐突に身を翻した男に驚いて、千影は目を瞬かせた。

「会長?」
「まだ返事をもらうつもりはないから、安心しろ。お前の気持ちがどこにあるかは分かっているんだ」

ブレザーの背中に呼びかければ、笑みを含んだ調子で返される。

玄関扉へ向かう足を止め、彼は半身を返して口元に弧を描いた。

「惚れた相手が寛大でよかったな」

自信に満ち溢れたセリフが、張りつめていた空気と共に千影の緊張も和らげる。

全身の筋肉が緩むのを感じながら、小さく息を吐き出した。

中断された追及に、安堵とも淋しさともつかない気持ちを抱く自分が情けない。

身勝手な本音を断ち切るように、わざと明るい声で一蹴する。

「誰のことを言っているか分かりませんけど、早く現実を見た方がいいですよ」

穂積を追い越し扉を開けて、振り向きもせず「現実」を渡した。

「夕飯、もちろん会長の奢りですよね。頑張る後輩にご馳走して下さい、穂積先輩」

潜ませた意図の効果は知りたくなかった。

街灯の輝く煉瓦道だけを視界に入れて、光は秋風の吹く夜を進んだ。

穂積の眼を染める想いが、雨の日に見た色とは知らずに。




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