奇妙な沈黙に何かを察したのか、鴨原は自然な調子で会釈した。

「すみません、俺は友人と約束しているのでお先に失礼します。穂積会長、長谷川先輩、お疲れ様でした」

そのままあっさりと扉を開けてしまい、取り残された光は狼狽えた。

防衛本能が叫ぶ警告に従って、即座に文句を投げつける。

「どういうつもりですか」
「だから、食事の誘いだ」
「いつからここいたんです」
「本当についさっきだぞ。ちょうど出ようとしたところで、上からお前の声が聞こえて来たんだ」
「……」
「なんだ、待っていて欲しかったのか?」
「自信過剰ですよ、会長」

どうにか反論するものの、「自分を待っていたのではないか」と考えていただけに恥ずかしい。

穂積に向けたセリフが自分自身に響いて、今にも赤面しそうだった。

「寮の食堂でいいか? 明日は休みだし、外に出てもいいが面倒だろう」
「どうして行くことになってるんですか!」

羞恥心に苛まれたのも束の間、当然のように話を進められ、ぎょっと目を剥く。

一体いつ、光が承諾したというのか。

「なんだ、もう食べたのか」
「いえ、まだですけど」
「なら先約があるのか」
「ないです、けど」
「何が不満なんだ」
「それは、その……」
「俺と一緒に食事はしたくない、と」
「違います! そんなわけない」

声を荒げて否定をした光に、対面の男は口端を釣り上げた。

紛れもない喜色に「まずい」と思う間もなく、一歩を踏み込まれる。

反射的に後退するものの終着点はすぐに訪れ、背中に壁が当たった。

逃げ道を塞ぐように両脇に手を突かれ、光の心拍数はさらに速度を上げた。

「どいてくださいっ」
「答えを聞いたらな」
「だからそれは!」
「俺と二人でいたくない」
「っ……」

図星を指されて言葉に詰まる。

言い返さなければならないのに、反撃のセリフが出てこない。

追い詰められた頭では、現状から逃れる一手を考えられるはずもなく、ただ焦燥感が増すばかり。

間近に迫る熱に身動ぎさえ封じられた光は、耳元で囁かれた甘い低音に一際大きく鼓動を鳴らした。

「うっかり俺に「好きだ」と言ってしまうから、か?」

心臓が、痛い。

「――思い上がるのもいい加減にしてもらえますか」

歯切れの悪い応答が嘘のように、光の唇は滑らかに言を紡ぐ。

冷え切った音色を刃のように研ぎ澄ませ、幻想を押し付けるなと切り捨てた。




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