「……会長なら、もう分かっているはずです」
「正確なところは分からない」

間髪入れずに返されて、再び唇を閉ざす。

千影には言える言葉がなかった。

調査員である事実は、木崎の許可がなくては話せない。

林の中で穂積に自分を預けたのだから、ある程度は許されていると思うが、確証を与えてしまっていいのかどうか。

共に調査をしている以上、彼へ相談するのは当然だった。

しかしながら、穂積の視線は千影の回答を待ち続けている。

引き締められた表情には、先ほどまでのふざけた気配は微塵もなく、どこか苦しそうにも見える。

不思議に感じながらも、千影は沈黙を選ぶ他なかった。

「さっき、仁志が来た」
「え?」

唐突に言われた内容に、思わず疑問符が零れる。

「舞台を途中放棄したようなものだからな。どうしたのか気になって、俺が呼んだんだ」
「あ……」

追い詰められていた為にすっかり失念していたが、光も穂積もやってはならないことをした。

千影の名を叫んだというのは勿論だが、新生徒会役員の地場固めの場を荒らしてしまったのだ。

多くの人間に迷惑をかけ、混乱に陥れたのは確実だった。

喉元まで出かかった謝罪の文言は、穂積によって制止させられた。

「お前が悪いわけじゃない。先に役を忘れたのは俺だ」
「でも!」
「それに俺は後悔していない。あのときを逃せば、きっとお前に辿りつくのはもっと先だった」
「……」

柔らかな微笑に、千影は口を噤まざるを得なかった。

穂積が自分を見つけ出してくれたと理解する瞬間まで、千影は「千影」に嫉妬していた。

醜悪極まりない身勝手な感情に支配され、耐え難い苦しみの中に在ったのだ。

生徒会役員としてあるまじき考えとは分かっていても、舞台を優先するべきだったとは、どうしても言えない。

自嘲的な思考に呑まれかけた千影を引き止めたのは、穂積の意外なセリフだった。

「あまり思いつめるな。舞台は綾瀬たちが上手くとりなしたらしい」
「え?」

知らず俯いていた顔を持ち上げて、千影は相手の顔をまじまじと見つめた。

主役二人があのような退場の仕方をしたのだから、舞台も客席も大騒ぎになって当然だろう。

一体、どうやってあの場を切り抜けたと言うのか。

見当もつかず首を傾げれば、穂積は愉快そうに種明かしをした。

「『かぐや姫』を想うあまり『帝』が月の世界まで追いかけて行ったことにしたそうだ。ラストの富士山のシーンは、仁志が『帝』に宛てて「色ボケしていないで帰京しろ」と嘆願する書状を燃やしたらしい」
「なら『千影』の名前は……?」
「『千』年の繁栄を続ける月の都から、『影』の世である地上に落とされた『かぐや姫』を、『帝』が勝手にそう呼んでいた。と、いうことだ」
「無茶苦茶だ」




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