「会長?」
「必要ない、そのままでいいだろう」
「でも、やっぱりお借りするのは悪いですから」
「今さらだな。もう着てしまったんだから、気にすることはない」

穂積は笑うが、問題はそこではない。

せっかく借りた服を台無しにしてしまう、自分の体格が問題なのである。

「俺が気にするというより、会長が気にしませんか?」
「……」

窺うように問いかければ、隣に腰を下ろした穂積が口を噤んだ。

さっと視線を逸らされ、情けない気持ちになる。

あまり気にしたことはなかったが、男としてこの体型は問題かもしれない。

「すみません、貧弱で」
「は?」
「やっぱり着替えて来ます」
「待て、違う、そういう意味じゃない」

穂積は慌てて千影の手を掴むと、相好を崩した。

苦いものが混じった笑みに、眉を寄せる。

「なんですか」
「いや、俺は煩悩まみれだと思ってな」
「煩悩?」

さっぱり意味が分からないと首を傾げれば、穂積はにやりと口端を持ち上げた。

長い指が胸元に伸ばされ、剥きだしの鎖骨をつとなぞる。

途端、甘い衝撃が背筋を駆け昇った。

男の言う意味を理解して、声を失う。

顔を真っ赤にして喉を詰まらせた千影に、穂積は囁くように言った。

「俺の服を着るのが嫌でなければ、そのままでいてくれ」
「わ、かりました。分かりましたから、手をどけて下さい」

奇妙な感覚に耐え切れず、懇願するような声が出る。

それに喉を震わせると、穂積は大人しく手を退いてくれた。

緊張と動揺で揺れる身内を宥めるように、千影は深く息を吐き出す。

だが、胸を撫で下ろしたのも束の間。

真剣な表情となった穂積に見つめられ、寸前とは異なる理由で胸が高鳴った。

切り出されるであろう話題が容易に知れて、全身の筋肉に力が籠る。

蕩けた思考が冷静さを取り戻し、穂積の言を神妙に待つ。

「さて、お前の秘密を聞かせてもらおうか」

予想通りの要求ではあったが、千影の口は中々開かなかった。

かぐや姫の舞台で、穂積は光と千影をイコールで結んでくれた。

季節外れの転校生と、城下町でドラッグ調査をしていた少年が、同一人物だと気付いたのだ。

ならば、真実の千影が抱える秘密の正体を、推察するのは簡単なはず。

導き出せる答えは、決して多くはないのだ。

勘づいていながら、千影に語らせようとする意図が分からず、つい窺うような声が出た。




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