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穂積が求めるのは自分ではない。
「千影」だけを求めている。
「千影」は千影だ。
けれど「光」もまた千影なのだ。
「光」と「千影」を別個の人間として捉える彼は、千影を見つけてくれはしない。
真実を暴いてくれはしない。
「千影」を望んでおきながら、「光」を追いかけて来た彼に、「光」も千影も捕まりたくなどなかった。
「呼び間違えるくらい、「千影」が気になるんだろ。謝るつもりならいいから、俺は気にしてないから。だから早く……早く「千影」を探しに行けよ!」
千影に気付いてくれないならば、せめてこの手を離してくれ。
両手を握られたまま、千影は相手の顔を見ることなく叫んだ。
身勝手なことを言っていると、自覚している。
この激痛は自ら招いたことだと、理解している。
分かっているのに、もうこれ以上は耐えられない。
想いを吐き出した足元には、一つの暗い影が落ちていた。
深く醜い闇色に、圧倒的な絶望感が押し寄せる。
悲鳴を上げる心は塗り潰され、視界は奈落にも似た影に塞がれる。
苦しくて、辛くて、息も出来ない。
痛い。
手首を掴む穂積の拘束が、強くなった。
「意味が分からない」
「だからっ……!」
「お前は何て呼ばれたいんだ」
ここまで言っても離してくれないのか。
怒りすら湧いて来て、千影は避け続けていた男の顔を睨み上げ――声を失くした。
「俺は知らない。お前を「光」と呼べばいいのか、「千影」と呼べばいいのか。それすら、知らない」
穂積の顔に表情はなかった。
在るべきものが在るべき場所に、最良の形で配された秀麗な面には、一切の感情が浮かんでいなかった。
黒曜の双眸だけが、強烈な想いを宿していた。
真っ直ぐに降り注ぐ視線は激しく、焼けつくような熱情を訴える。
鬼気迫る表情は怖ろしいほどで、目を逸らしたいのに瞬き一つ叶わない。
少年の深層まで到達するかのような鋭い眼差しは、真実を暴くようだ。
否、すでに暴いた真実を捉えている。
「う、そ……」
気付かない方が無理だった。
穂積の目には「光」でもなく、「千影」でもなく、千影が映っていると。
直感するや、この身を支配する絶望が弾け飛んだ。
奈落の影に閉ざされた視界を、極彩色の漆黒が照らし出す。
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