よばれた名前。




鼓膜を打った男の声に、千影は木崎の腕から離れようとした。

だが、何を思ったのか彼はより強く千影を胸にしまってしまう。

白衣の下のスーツに鼻先が埋まり、顔を上げることもままならない。

考えるまでもなく、この状況はまずい。

転校生の光と保険医の武にこれといった接点はなく、抱き合う姿は不自然以外の何ものでもない。

すぐに距離を取るならまだしも、これでは言い訳のしようがなかった。

意図が読めずに困惑していると、木崎の冷たい低音が緊迫した空気に波紋を描いた。

「今さら何しに来た。離れろ? お前にそれを言う資格があると思ってんのか」

研ぎ澄まされた刃のような物言いは、木崎としてのものだ。

まさか武 文也の仮面を外すとは思わず、ぎょっとする。

それは千影だけではないようだった。

「お前……」

零れ落ちた呟きは、千影の解放を求めたときとは異なり、戸惑うものだ。

窺うような口ぶりには、疑念が色濃く表れている。

「言ったよな、こいつを傷つけたら撃つって」
「っ、まさかお前……!」
「考えの足りない頭なんていらないだろ。約束、守ってもらう」

冷たい殺気と共に続けられた言葉に、穂積は大きな反応を見せた。

一体なににそこまで驚いたのか、千影には分からない。

二人に面識があったことを察して、狼狽えるばかりだ。

一体いつ、彼らは出会ったというのだろう。

果たしてどんな約束を交わしたのか。

しばし無言のときが流れ、場を満たす空気が重く張りつめる。

一触即発の危うい気配が、木崎に守られた身にも感じられ、千影の背筋が凍りつく。

沈黙を終わらせたのは、穂積だった。

「そいつを離せ。お前に用はない」
「約束を守れないような男に、引き渡せると思うか」
「必要なら後で頭でもどこでも撃てばいい。今はそいつに話がある」

寸前の動揺はどこへやら、落ち着き払った強い口調に、千影はビクリッと身を震わせた。

彼と話など冗談ではない。

言ってはならない数多の想いを、どうにか胸の内側に押し込めているのだ。

今の心理状態で穂積と向き合えば、何がどうなるか。

渦巻く激情が暴走するのは確実だ。

木崎を挟んだこのときですら、千影には苦痛でならなかった。

「はいそうですか、って言うわけがないだろ」

引き下がる気配すらない穂積に、木崎の声が険しさを増す。

言外に諦めろと告げるものの、相手は構わず繰り返した。




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