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なぜ気付かなかったのか。
今となっては少しも分からない。
音にして初めて符号が繋がるなど、自分自身の愚鈍さに腹が立つ。
同じではないか。
体格も、声の質も、語る言葉も。
涙の美しささえも。
何もかもが、同じではないか。
サバイバルゲームに参加をさせたとき、穂積は光を守らねばならないと思った。
夏の城下町で出会ったとき、穂積は千影を守らねばならないと思った。
弓道場で光の涙を目にしたとき、これほど綺麗なものを見たのは初めてだと思った。
カフェで千影の涙を目にしたとき、光のように綺麗に泣くのだと思った。
光のように強く、千影のように弱く、光のように真っ直ぐで、千影のように繊細。
光に抱き、千影に想い、光に感じ、千影に見つけた、数多くの共通点。
表面的なものとは異なる、もっと本質的で抽象的で感覚的な同じ部分。
かぐや姫が天へと還るとき、穂積の目には光が千影に見えた。
当然だろう。
長谷川 光は、千影なのだ。
ずっと前に、少年は鍵を渡してくれていた。
大切な箱を、穂積はようやく見つけ出した。
頭の中に響く音。
強固な錠が、落ちる音だ。
一刻も早くあの少年を捕まえたくて、穂積は忙しなく周囲を見回した。
煉瓦道から外れた林の奥に、朱色の履物を見つけられたのは、奇跡的なことだった。
すぐさま手に取れば、確かに彼の衣装の一つと分かる。
乾いた地面には微かに足跡が残り、先へと続いていた。
ふと気になったのは、その足跡が二人分あったせいだ。
焦燥感が一段と強まり、穂積は光の痕跡を追いかけた。
自分以外の誰かが、自分よりも早くあの少年に辿りつくかもしれない。
自分以外の誰かが、あの少年の傍にいるかもしれない。
想像しただけで、心臓が焼ける。
強固な理性はとうの昔に燃え尽きて、剥きだしの本能だけが穂積を占める。
危険な目に遭っていなければいいと、彼の身を案じる一方で、自分本位な嫉妬を止められない。
邪魔な木々の合間を速度を緩めず走り抜け、天気のために薄暗い中、目を凝らし続けた。
やがて視界に入り込んだのは、白衣の男に抱き締められる少年の姿であった。
激情が、喉から外へと溢れ出す。
「そいつから離れろ」
焦げた心が、咆哮を上げた。
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