SIDE:穂積

自分の口から放たれた名前に、愕然とした。

この喉が奏でた音は、この唇が紡いだ音は、この心が生んだ音は、なんであったか。

誰の、名前だったのか。

ライトに照らされた甘栗色の髪が、まるで太陽を弾いたあの少年の髪のように金色に輝いた。

その瞬間、穂積を取り巻く世界は一変した。

後夜祭の夜、去り際の彼が見せた痛々しい表情。

諦めたような色の瞳と、失望したような笑みを象る唇。

千影の悲しい微笑が視界を塞いだ。

一度目も、二度目も、少年は決まって闇に融けた。

初めから存在などしなかったように、影の世界と混じり合った。

残された鮮やかな記憶は、いつも最後の笑みで切ない香りを纏う。

もう二度と、あんな顔をさせてはならない。

悲しい微笑を浮かべさせてはならない。

穂積が真実へ手を伸ばさなかったが為に、千影は夜へと消えたのだ。

三度目を迎えるくらいなら。

あの微笑みをさせてしまうくらいなら。

真実を、暴いてしまえ。

穂積が叫んだ名前は、千影。

過去と現在が入り乱れ、完全に正気を失っていた穂積は、しかし即座に我に返った。

見開かれた眼は、まるで探し求めた宝箱を凝視するかのように、少年のいた場所を見つめている。

無言のままに立ち尽くす男へ、周囲の視線が突き刺さった。

共に舞台に立つ役員の困惑と、客席に広がる細波のような動揺が押し寄せる。

聞き慣れぬ名前を叫んだ穂積と、弾かれたように逃げ出した光に、何が起こったのか把握できていないのだろう。

だが、穂積に説明をしてやるつもりは露ほどもなかった。

現実を取り込むように数度瞬きを繰り返し、視線の先にいたはずの人物が、どこにもいないとようやく気付く。

手にする檜扇を投げ捨て走り出すのは、次のときである。

「会長!?」

仁志の呼びかけなど歯牙にもかけず、光が消えた方へと足を動かす。

転々と落ちている打掛や衵扇を辿り、非常口から外へと飛び出した。

日中にも関わらず暗いのは、太陽を覆い隠す黒雲のせいだ。

ぐるぐると低い唸り声が響き、今にも降り出しそうな空模様である。

中庭を抜けたところで立ち止まり、どちらへ行ったかと首を回した。




- 728 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -