照明が絞られ、光の姿だけが淡い水色のライトに照らされる。

霞の向こうに消えるように、夜の中に融けるように、羽衣を纏った光は舞台の奥にかかる紗の先へ進むはずだった。

「行くな、千影っ……!」

必死の叫びに、身を貫かれなければ。

今、聞こえたのはなんだろう。

誰が呼ばれているのだろう。

凍りついた思考回路で理解など出来るはずもなく、光はぎこちなく背後を振り返った。

扇を持つ手が震え、遮断していた視界が一気に広がる。

飛び込んできたのは、黒曜石の双眸。

怖ろしいほど獰猛で、憐れなほど懸命で、悲しいほど餓えた強烈な眼差しに、光は――千影はすべてを理解した。

心が砕け散る。

義務や責任、現実や現状。

己を取り巻く何もかもが吹き飛んで、衝動のままに身を翻した。

呆気に取られて硬直している共演者の前を、優美とは程遠い派手な足音を立てながら走り抜ける。

舞台袖から続く控室が並んだ廊下を進み、ぶつかるように突き当りの非常口から外へと飛び出した。

今にも雨が降り出しそうな暗雲が、昼間の空を覆い尽くす。

閑散とした中庭の寂しい噴水の音に包まれながら、光はただひたすら足を動かし続けた。

二度と聞きたくなかった。

「千影」を求める悲痛な声を。

「千影」だけを欲する強烈な感情を。

聞きたくなかったのに、穂積はまたも叫んだ。

後夜祭の夜、穂積の手は「千影」の背中に伸ばされた。

けれど今度は違う。

「光」と「千影」をイコールで結べない男が、「光」に対して「千影」を望んだのである。

この髪が茶色だからか、闇の中へ去ろうとしたからか。

月へ昇るかぐや姫の姿に、「千影」の記憶が想起されたのだろう。

「光」を通して「千影」を見たのだろう。

黒曜石の視線の先にいたのは、「光」ではなく、ましてや千影でもない。

存在すらしていなかった「千影」なのだ。

素顔を気にされたからといって、浮かれていた。

千影を探してくれているなどと、少しでも感じた自分が恥ずかしい。

思い上がっていたと痛感すれば、現実がよく分かる。

どれだけ願ったところで、彼が真実の千影に辿りつく日は訪れない。

そう仕向けたのは、千影自身だ。




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