こんな気持ちは初めてだ。

相手の気持ちを無視しても、自らの欲求を貫きたくて仕方がない。

そして同じくらい、自分の欲求から遠ざけて護ってやりたかった。

本当に、情けない。

自嘲するような笑みが、口角を歪ませる。

そのとき、制服のネクタイがぐいっと下方に引っ張られた。

勢いに抗えず身を屈めた穂積は、前髪を避けて額に触れた手に息を呑んだ。

ひんやりとした掌の温度に、茹だった意識が正される。

昏く歪んだ視界が明瞭になり、こちらへ手を伸ばす少年の姿がはっきりと見える。

先刻の自分と同じように、光の熱が穂積の肌に触れていた。

「俺の素顔が、気になりますか」
「っ……」
「気にして、くれるんですか」

当たり前だろう。

叫んでしまいたかったけれど、喉が詰まって声は出なかった。

前髪の隙間から覗いた眼鏡越しの瞳と、目が合う。

真剣で、強い瞳だった。

揺るぎない、力のある瞳だった。

「もっと、気にしてください」

声は震えていなかった。

いつものように、不思議と耳に心地よい中低音だった。

「もっともっと、気にかけてください」

それなのになぜだろう。

涙を堪えるように見えるのは。

嗚咽を殺すように聞こえるのは。

「そうすれば俺は、頑張れます」

なぜだろう。


――あなたにもっと、近づくために


声なき声が、聞こえた気がした。


――例え隣に立てなくても


「頑張れるんです」

光の熱を感じながら、穂積はただ黙って眼前の想い人を見つめ続けた。




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