碌鳴館のエントランスで拒絶を受けたのは、つい先日の話だ。

打ち合わせのときにも思ったが、今日の光はあのときとはまるで違う。

ぎこちなく目を背けることも、手を振り払うこともなく、大人しくしている。

身動ぎすらせずされるがままの様子に、彼の信頼を勝ち得ていると実感する。

昏い焦燥を癒す充足感が胸に広がると同時に、凶暴な想いが鎌首をもたげた。

今なら光の素顔が見れるかもしれない。

油断し切っている今なら、邪魔な眼鏡を奪い取り前髪を払いのけることが。

出来るかもしれない。

炙られた理性の糸が、チリチリと音を立てる。

「……部屋に案内する。行くぞ」

馬鹿なことだ。

穂積は額から手を離すと、代わりに光の抱える箱を取り上げた。

目的地に向けて歩きだせば、数拍遅れて慌ただしい足音が付いて来る。

「か、会長! 大丈夫です、自分で持てます」
「私物はこれ一つか。随分少ないな」
「持ち物は多くないので、ってそうじゃなくて。返して下さい。運んでもらうわけには行きません」
「迷惑か?」

こう言えば光が怯むのは分かっていた。

我ながらずるい男だと思う。

案の定、彼は言葉を探すように口を噤み、その隙に目指す場所へ着いていた。

「ここがお前の部屋だ。フロントで説明されただろうが、基本的には前と同じく家具や家電がついている。ただし、自費で賄うなら改造しても構わない。改造する場合は再来年の二月に元の状態へ戻せる範囲に留めろよ」
「分かってます」

結局、荷物を取り返せなかった光は、微妙に不機嫌な顔でカードキーを開けた。

段ボール箱を玄関先に置き、部屋の中へは入らず別れの挨拶を切り出す。

「片付けは明日にして、今日はもう寝ろ。寝不足でこなせるほど、生徒会の仕事は甘くないぞ」
「はい。会長も早く寝て下さいね。……なんだか、疲れているみたいですから」
「俺が?」

思わず問い返せば、光は控えめに、けれどはっきりと首肯した。

スケジュールに余裕が生まれたことで、外見に疲労の痕跡はないはずだ。

一体どこで見破られたのだろう。

普段の精神状態ではないと、察したのだろうか。

交わす言葉であったり、繋いだ視線であったり、伝わった体温であったり、感じ取った空気であったり。

そんなものから、穂積の内面をくみ取ってくれたのだろうか。

考えたら、堪らなくなった。

奥深いところから湧き上がる熱情に、本能を戒める自我が今にも焼き切れそうだ。

ドア枠を掴む手に力を入れて、どうにか衝動をやり過ごしたものの、唇は止まらなかった。




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