素顔までの距離。




SIDE:穂積

寮に辿りついたのは、そろそろ日付も変わろうという頃であった。

二十四時間フロントに常駐しているコンシェルジュに軽く声をかけ、エントランスを横切りエレベーターに乗り込む。

階数ボタンの上にある挿入口に役員のゴールドカードを差し込むと、エレベーターはすぐに上昇を開始した。

穂積はそっと目を伏せると、小さくため息をついた。

体中に纏わりつく倦怠感に、自身の疲労を思い知る。

仕事自体は以前よりも緩やかになった。

新生徒会の指導という役目は増えたが、後任の仁志は物覚えがよく手間がかからない。

一年間書記を務めていた経験もあって、穂積が口を出さずとも仕事をこなせている。

少しずつではあるが任せられるものも増え、二学期最初の地獄とは比較対象にならぬほど時間に余裕がある。

ではなぜ、これほど疲弊しているのか。

穂積は昼間の出来事を思い出し、その柳眉をきつく寄せた。

かぐや姫の役を光に振ったのは、わざとだった。

生徒会に入った以上、今の姿のままでいられないのは確かだ。

身だしなみに気を配る努力すら窺えない容姿では、とても生徒たちの支持を獲得できないだろう。

配役をきっかけに改善を要求したのだが、途中で欲が出た。

光の素顔である。

サバイバルゲームの折に腹へ拳を食らって以来、穂積がそれを求めたことは一度もない。

気絶した光を部屋へ送り届けたときも、無理やり唇を奪ったときも、光が嫌がると思えばその隠された面を見ようとはしなかった。

だからといって、彼の素顔に興味がないわけではないのだ。

光から恋愛感情を持たれている自信はなくとも、信頼を寄せられている自負はある。

もしかしたら、想いの程度を量りたかったのかもしれない。

姫役に足るか確認するという名目で、自分ひとりにだけ素顔を見せるよう求めかけた。

結果がどうであれ姫役は綾瀬に押し付けて、彼の秘密を独占する気でいたのだ。

魔が差したとしか言いようがなかった。

身勝手で我儘な感情を抱いたツケは、すぐに来た。


――会長、姫役いけるかもしれねぇぞ。こいつの素顔、かなり……


仁志のセリフに、どれほど衝撃を受けただろう。

続く言葉は知らないが、あれは光の素顔を見たということだ。

光は仁志に、素顔を晒したということだ。

穂積には絶対に見せなかった、隠された真実を。

腹の底がジリジリと焦げ付いて、苦いものが喉元にせり上がる。

不快な感情を振り切るように瞼を上げれば、すでにエレベーターは目的の階に到着していた。




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