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SIDE:仁志
「あっコラ、光てめっ!」
仁志が慌てて追いかけようとしたときには、すでに光は昇降口から飛び出していた。
足に自信はあるが、スタートで離されてしまったのは痛い。
今からではとても追いつけないと、舌打ちを落とした。
見かけによらず足も速いようだ。
それから、未だ床に転がったままの、合計四人の生徒を捨て置いて彼は走り出した。
昇降口とは真逆。
降りたばかりの階段を上階に向かって駆け上る。
本校舎の造りは、他の二つの棟と比べればやや複雑だ。
職員室や食堂など、全校生徒に関係する施設がまとめて設置されているこの建物は、大講堂のみ二階から四階までをぶち抜いて造られている。
学院の人間をまとめて収容するには、それだけのスペースが必要で、仁志の求める場所に行くには最上階の四階にある扉を使うのが一番だった。
途中、不幸にも仁志と遭遇してしまった敵の生徒たちは、彼の切迫した形相に慄きつい防衛本能から銃を乱射してしまったのだが、そのせいで全治一ヶ月程の怪我を負うことになった。
救われないのは、コテンパンに伸されたと言うに、当の仁志自身は己の思考に没頭していて、自分が誰を殴ったのかなど露ほども覚えていないことか。
条件反射のまま拳を振るったに過ぎないのである。
脳内では先刻目にした光の、風を思わせる繊細で力強いバトルシーンが、何度となく繰り返し再生されていた。
彼を占拠するあの戦い方。
エンドレスで思い描き噛み砕くうちに、仁志は唐突に鮮明になった記憶に驚いた。
「……アイツだ」
燃えるように赤い髪。
軽いノリながら思慮深い言動。
妖艶な泣きボクロが醸し出す、強烈な色香。
直接対峙したことは一度もないが、その圧倒的な戦力は記憶に焼きついている。
五月の連休中、学院外の友人に誘われて隣県の不良チームに顔を出したことがあった。
自分の素性を知らないメンバーたちは取っ付きやすく、短い期間ながらそれなりに親睦を深めることも出来た。
損得勘定なしの友人関係は、同じような境遇にあり続けた生徒会メンバーを除けば初めてで、だからこそ下手に本名を名乗ってバックグラウンドを知られるのは嫌だった。
幸い、夜の世界では通称だけで流す人間も多かったので、仁志も怪しまれずに済んだ。
彼の通り名は『アキ』。
秋吉から取った安直なものだが、それで家業がバレるわけではない。
一時的に友人の紹介で遊びに来ただけだったので、交流を持つ人間はチームの末端が多く、当然ヘッドである少年とは一言程度しか話さなかったが、その横でまるで片腕のように付き従う『彼』を見た。
『彼』の『戦い』も。
目的の扉を、仁志は勢いよく押し開いた。
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