ここで確定的なものが出なければ、次は職員寮の私室に忍び込まねばならない。

授業中を狙えば誰に気付かれることもない教官室とは比べるまでもなく、侵入は困難だろう。

他に怪しいところはないかと、光は忙しなく室内を見回した。

ふと目に留まったのは、以前この部屋に連れ込まれた際に腰を下ろしたソファである。

あのとき座面に着くや、光の嗅覚は仄かに立ち上るインサニティの香を嗅いだ。

まさかと思いながらも応接セットに近づき、光は慎重にソファを調べた。

「あ……」

座面を探る指先が捉えたのは、奇妙な隙間である。

人差し指と中指を引っ掻け、くいと上に持ち上げれば革張りのシートが僅かに浮き上がる。

それに確証を得て、光は蓋のようになっていたソファの座面を取り払った。

現れたのは、薄暗い中でも鈍く輝く銀色のアタッシュケースだ。

こんなところに隠しているなど、明らかにおかしい。

光はごくりと喉を鳴らして、アタッシュケースの留め金を外した。

ダイアル式のロックに気付いたのは、そのときである。

さて、どうしたものか。

ここまで来て引き下がるのは悔しいが、光には開錠番号など見当もつかない。

一縷の望みをかけて、先ほど手帳で見た渡井の誕生日を試してみるが、開くことはなかった。

そのことにほっと胸を撫で下ろしたのは、致し方のないことだろう。

これで開いていたら、光はアタッシュケースに触れることすら躊躇ったかもしれない。

携帯電話で時刻を確認すれば、残された猶予は二十分ほどだ。

この時間、佐原は三年生の授業をしているはずだが、こちらに戻ってくる可能性がゼロではない以上、出来る限り早く探索を切り上げたい。

しかしながら、インサニティ事件の解決を思えば、ここで退くのは躊躇われる。

次の侵入をしたときに、このアタッシュケースが同じ場所に隠されている保証はどこにもないのである。

光は瞼を下ろすと、短く息を吐き出した。

そうして視界を取り戻すと同時に、右手の手袋を外した。

ダイアル式のロックに人差し指を当て、ゆっくりと回転させる。

全神経を指先にのみ注ぎ、研ぎ澄ませた神経で一つ一つ数字を定めて行く。

調査員として木崎に叩き込まれたのは、格闘術や社交術だけではない。

針金一本で、とは行かないが錠前破りや、こうしたダイアルロックの解除方法まで教え込まれている。

法に触れているだろうと思わないでもないが、光の存在はある意味で法の範囲外にあるのだから後ろめたさは感じなかった。

微かな音と振動を感じ取り、光は四ケタすべての数字を設定し終えた。

凄まじい集中力を要したために、どっと疲労が押し寄せる。

緊張から詰めていた呼気を吐きだして、光は思い切ったようにケースの蓋に手をかけた。

銀のアタッシュケースは開き、その内側を少年の眼前に晒す。

光は目を見開いた。

すぐに携帯電話を取り出して、写真に収める。

自動で点灯したフラッシュに照らし出されたのは、密閉性のある袋に入れられた、大量の赤い錠剤であった。




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