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正規雇用の教員である須藤と、新任の養護教諭である武では、接する機会が限られる。
この接触はあくまでキッカケ作り。
いかにして次に繋げ、彼との距離を埋めるかが鍵となる。
夕食の誘いをかけてみるか。
そう考えながら集めたプリントを手に立ち上がった武は、背後から届いたセリフに頬を強張らせた。
「そうそう、長谷川くんから聞きましたか?」
出された名前に、警戒心が一気に最大値まで跳ね上がる。
動揺を困惑で覆い隠しつつ振り返れば、こちらもプリントを集め終わった須藤が待っていた。
「長谷川というと……先月、怪我をしたあの子でしょうか。何かあったんですか」
検査では問題なかったはずですが、と言い添える。
平静を装いながらさりげなく様子を窺うと、相手は不思議そうに目を瞬かせた。
「おや、意外ですね。てっきりあなたに報告していると思ったのですが」
「どういうことです?」
「私の目的は、あなた方と一致しているという話ですよ」
これは一体どうしたことか。
須藤が見破ったのは光の正体だけのはずだ。
調査員同士のミーティングは人目を避けて保健室のみで行っていたし、千影から漏れることはあり得ない。
仮に後夜祭の夜の接触で、木崎の存在に気付かれたとなれば、それこそ千影から報告が来ているだろう。
なぜ光と武に繋がりがあると分かったのか。
正体露見への危機感と、須藤に対する強い不信感を覚えながらも、武は戸惑いの表情を崩さずにいた。
それをどう受け取ったのか。
須藤は善良そうな微笑を消して、居住まいを正した。
「これだけは信じて下さい。私はあなた方と同じく、この学校からドラッグを消し去りたい」
「……」
「提供した資料でお分かり頂けたと思います。協力は惜しみません」
はっきりとした口調で紡がれる言葉は、一介の養護教諭に聞かせる内容ではない。
武が調査員であると、確信しているからこその発言だ。
差し出されたプリントを躊躇いがちに受け取ろうとした――そのとき。
「あれは、存在してはならない薬物です」
弾かれたように見上げた先には、須藤の強い視線。
木崎は胸裏で息を呑んだ。
調査員としての勘が告げたのだ。
彼の語る想いのすべてが、真実であると。
須藤 恵は心の底からインサニティの排除を願っていると。
けれどなぜか。
何故か彼に協力を仰ぐ気は、一切湧き起こらなかった。
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