接触。




SIDE:木崎

碌鳴学院の立地はお世辞にもいいとは言えない。

山中故に交通の便は悪く、麓の街までは自動車でもそれなりの時間を要する。

この為、敷地内には教職員を対象とした専用の寮があった。

格安の費用に反して設備は充実しており、併設している職員食堂の味も申し分ないことから、独身の教員の多くは入寮している。

それは養護教諭である武 文也も例外ではなく、二学期の赴任と同時に住んでいた。

時刻は夜八時を回ったところ。

部活の顧問をしていたり、校舎に残って仕事をしていた教員が、ちらほらと帰寮する時間帯だ。

武はエレベーターホールの隅にある階段の踊り場で、壁に凭れ佇んでいた。

階段の利用者は少なく、人気はない。

静寂が支配する中、プリント束を手にじっと耳を澄ませる。

靴音が響いたのは、次のときであった。

武は即座に動きだし、三階から二階へと下る。

そうして一階に向かって足を踏み出したとき、ちょうど階下からやって来た人物とぶつかった。

「うわっ!」
「え……!?」

どんっと体に衝撃が走り、驚愕の声が鼓膜を打つ。

力を緩めていた手からプリント束が滑り落ち、足元に盛大に散らばった。

「す、すみません」
「こちらこそ不注意でした。あぁ、武先生でしたか」

慌てた調子で謝罪をしながら相手を確認すれば、予想通りの人物が人の良さそうな笑みを湛えていた。

須藤 恵は武に先駆けて膝を折り、プリントを拾い始めた。

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして……」
「気になさらないで下さい。それにしても珍しいですね、武先生と階段でお会いするのは」
「えぇ。ここに来てから運動不足だったので、ちょっとでも体を動かそうかと」

苦笑交じりに応じると、須藤は理解を示すように口端を緩めた。

丁寧にプリントを集めながら、沈黙を打ち消すように世間話を続ける。

「須藤先生は、今お戻りですか」
「部屋に仕事を持ち帰るのは苦手で。気付いたら、この時間になっていました」

他愛のない、意味のない会話。

だが、武はこのために須藤とぶつかったのである。

二階に部屋を持つ彼は、普段からエレベーターを使用しない。

寮に戻る時刻も八時以降がほとんどで、偶然を装い接触するのは容易かった。

目的はただ一つ。

須藤の真意を探るため。

千影に語った通りであるならばいい。

偶然、インサニティの存在に気が付き告発しようとしたものの、権力に屈して口を噤んだ一教師であるならば。

けれどもし、何か他に思惑があるのだとしたら。

千影の感じた奇妙な違和感の正体が、何かとんでもないものだとしたら。

木崎には見極める必要があった。




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