鴨原 久一。




SIDE:鴨原

鴨原 久一は京都の老舗呉服店の嫡男だ。

歴史は古く資産もある。

だが、大企業の御曹司や政界関係者の子息が多数在籍する碌鳴学院においては、決して目立つ家柄ではない。

下手をすれば平均よりも劣るだろう。

文武両道に加え容姿も端正ではあるが、華を欠いているのかこれまで派手に騒がれたことは一度もない。

周囲の注意を集める存在ではなかったのである。

そんな己を十分に承知していた鴨原にとって、自身の生徒会入りは青天の霹靂といっても過言ではなかった。

碌鳴学院には、鴨原よりもずっと家柄の良い生徒がいくらでもいたし、華麗な見目と優秀な頭脳を併せ持つ者だっているはずだ。

ではなぜ、自分が選ばれたのか。

歌音・アダムスが笑顔で告げた「生徒会会計」の一言は、鴨原を困惑に陥れた。

理由が知れたのは、間もなく。

次期副会長の椅子に、転校生の長谷川 光が座ると聞いて、すべてを理解した。

恐らく自分が役員に選ばれたのは、長谷川 光のためだろう。

ここのところ彼に対する反発は沈静化している様子だったが、凡庸な背景しか持たない者を副会長に選出すればどうなるか。

転校生が現生徒会役員に取り入り、重職を得たと邪推されるのは確実だ。

だが、もう一人凡庸な人間を――自分を起用することで、その邪推は軽減される。

長谷川 光と同じく、大した肩書も学内での人気も持たぬ自分を加えれば、家柄でなく実力のみを評価対象として役員選抜を行ったと言い訳できる。

現生徒会役員による贔屓ではないのだと、主張できるのだ。

そう推察した鴨原だったが、だからといって特に何を思うこともなかった。

鴨原は生徒会信奉者ではなく、噂に左右されるような惰弱な感性の持ち主でもない。

元から学年の違う転校生などに興味もなくて、せいぜい学力の高さと有能さがイコールで結ばれていればいいと思った程度。

長谷川 光に対して、一切の関心がなかったのだ。

「だから、俺が選ばれたんだ」

晩餐会と称した鍋パーティーの席で、この言葉を聞くまでは。

愕然とした。

まさか長谷川 光の起用に――否、長谷川 光と自分の起用に、そんな思惑があったとは考えもしなかった。

現役員がお気に入りの生徒を傍に置きたがり、自分はそのおまけとばかり思っていたのだ。

だが長谷川 光は、すべてを理解した上でそこにいた。

目標を語る浮ついた声とは程遠い、落ち着き払った言葉。

髪の狭間から覗く決然とした眼差しと、すっくりと伸びた背筋。

彼は強い覚悟と自覚を持って、副会長職に就いたのだと。

生徒たちの愚かな固定概念を、覆そうとしているのだと。

気付かずにはいられなかった。

それが可能か否かは問題ではない。

重要なのは確固たる信念を持って、生徒会の椅子に腰を下ろしたということ。

ただ「選ばれたから」という理由で会計になった自分とは、まるで違う。

考えの深さも、見据える未来も、抱く想いも。

役員就任への意識の格差を突きつけられ、鴨原は初めて長谷川 光に興味を持った。

ささやかで、けれど絶対に無視の出来ない興味を。




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