「会長、こっちの鍋とりましょうか?」
「……あぁ、頼む」

綺麗な器を受け取り、カレー鍋をバランスよくよそう。

他の役員たちもそろそろと食事を再開し始め、カオスの気配は鍋の湯気によって溶け消えた。

上座に座る穂積に綾瀬経由で器を渡し、光は隣に座す鴨原にも声をかけた。

「鴨原もいる?」
「え……あぁ、すみません。お願いします」

ぼんやりとしていたらしく、彼は我に返ったように首肯する。

「どうかした」
「少し驚いてしまって」
「あぁ、会長たちだろ」
「いえ、長谷川先輩に」

意外な返答に軽く目を瞠る。

今の流れのどこに、自分へ驚く要素があっただろうか。

器に盛り付ける手を止めて、光は不思議そうに鴨原を見やった。

「すごく自然に対応していらっしゃるので、びっくりしました。現会長たちが言い合いをしているとき、先輩は火の加減を見ていましたよね」
「ちょっと強すぎるかと思って」
「えぇ、とても冷静でした。滅多なことでは動じない方なのかと」

的を射ているとは言い難い評価に、苦笑が零れる。

確かに光の持ち味は思考の冷静さだが、その理性や精神は些細なことで大きく揺らぐ。

特に自分の存在についてや、他者との関係性においては、みっともないほどに取り乱す。

穂積への恋心を持て余し、一人頭を抱えていたのもつい先日のこと。

改善すべき欠点と自覚はしているが、なかなか思うように行かないのが現状である。

「こういう一面があるってことを、知っていただけだよ」
「見慣れていたんですか?」
「そういうわけじゃないけど」

穂積と仁志の言い合いを見たことも、綾瀬が読めない言動で二人を振り回す場面も、幾度か目にしたことはあるが慣れているわけではない。

だが、彼ら一人一人の性格を考慮すれば、先ほどのようなカオス展開は驚くようなものでもなかった。

どう説明したものか考えあぐねていると、鴨原がポツリと漏らした。

「そういうところが、気に入られたんでしょうね」
「え?」
「やはり、この学院の生徒はおかしいと思います」

鴨原の一言は思いのほか大きく響き、各々で会話を楽しんでいた他の者たちの視線が集まった。

まさか自分が注目に晒されるとは思わなかったのか、彼は居心地悪げに身動ぎをする。

「あの、長谷川先輩が正当な評価を得られていないと思ったのですが」
「それ俺も思ってた! ヒサに同感!」

「ヒサ」とはどうやら鴨原のことらしい。

神戸は力強く頷くと、さも不満げに言った。




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