就任式を終えた一行は、授業ではなく碌鳴館へ移動した。

現在、使用されている執務室の隣にある次期役員用の部屋へ案内され、現役員の指導を受けながら初日の雑務を行った。

日が暮れた頃、碌鳴館一階の役員食堂で開かれたのが、綾瀬主催の次期役員歓迎晩餐会である。

シャンデリアの輝きに照らされた長方形のダイニングテーブルには、大きな土鍋が三つ並んでいる。

カセットコンロにかけられたそれらの中では、一足早い庶民の冬の定番がぐつぐつと音を立てていた。

「もしかして、鍋嫌いだった?」
「誰もそんなことは言っていない。だが、晩餐会と称しておいて鍋はないだろう」

秀麗な面に刻まれた眉間のシワの理由を察して、光は苦笑を禁じ得なかった。

なるほど、確かに「晩餐会」という響きと「鍋」はかけ離れている。

テーブルの上に広がる光景は、豪奢な部屋の内装とまるで釣り合っていない。

最初、綾瀬から食事のことを聞かされたときは、それこそコース料理でも出て来るのかと思ったくらいだ。

穂積の指摘に、晩餐会の一切を取り仕切った綾瀬は反論した。

「いいじゃない、鍋! みんなで仲良くつつけば、親睦だって深まるってもんでしょう」
「仲良く一つの鍋をつつけばな。この人数で囲むには、テーブルが合っていないだろう」
「だから三種類、用意したんだよ。トマト鍋、カレー鍋、コラーゲン鍋! 一度やってみたかったんだよね、鍋パ」
「……本音が出たな」
「うるせぇよ、バ会長! んなに不満なら、てめぇは一人でフルコースでも食って来い」
「俺がいつ、料理の内容に不満を言った。鍋に適した環境を整えるべきだったと、指摘しているだけだ。これだから頭の中がカラのやつは困る」
「結局、ケチつけてんじゃねぇか! 準備もしなかった人間が、えらそうにほざいてんじゃねぇぞ!」
「あはは、準備しなかったのは仁志くんも一緒だけどね」

声を荒げる仁志は、さらりと放たれた綾瀬の一言など聞こえていないらしい。

からかうような穂積の挑発に乗って、今にも椅子を蹴倒しそうな勢いだ。

「これが俺の後を継ぐのかと思うと、自分の選択を後悔しそうになるな」
「今さら遅ぇんだよ、てめぇなんかよりよっぽどまともな会長になってやるわ!」
「せいぜい努力しろ。俺を越えることの難しさを痛感するだろうからな」
「人格というもっとも重要な点で、すでに仁志くんに負けてるけどね」
「はっ! 低い壁もあったもんだな。歴代会長の欄からてめぇの名前を消してやるよ!」
「え!? 仁志くん、書類改ざんはダメだよ」
「……なるほど、ある意味で俺越え達成だ」
「存在感の話だよっ、このクソバ会長!!」

繰り広げられるカオスを横目に、光は正面に置かれたカレー鍋の火を調節した。

ふと見れば、神戸と鴨原の二人が呆気に取られた様子で固まっている。

恐らくはほとんどの生徒がそうであるように、彼らも穂積たちの「生徒会」らしい姿しか知らないのだろう。

真面目な顔で行事を指揮する場面しか見たことがなければ、眼前のくだらないケンカに驚くのも無理はない。

書記方筆頭であった神戸は、多少なりとも仁志のくだけた一面に触れる機会があったかもしれないが、穂積に遊ばれるところは初遭遇のようだった。

どれほど能力的に優れていても、穂積たちとてまだ、十代の少年なのだ

現役員三人による言い合いを治めたのは、やはり現役員の歌音である。

パンッ、と手を叩いて天使の顔に笑顔を乗せる。

「おめでとう晩餐会、だよね? お鍋、冷めちゃうよ」

綾瀬の言葉を借りて窘められ、三人は一様に大人しくなった。

後輩の前で醜態を晒したのだと、ようやく思い至ったらしい。

気まずそうな生徒会長に、光は頬を緩めた。




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