就任式。




大講堂に集った生徒たちは、皆どこか険しい表情をしていた。

大人しく席に着いてはいるものの、ひそひと交わされる囁きが奇妙なざわめきを生み出し、漂う空気は張りつめている。

時折、「そんな」「まさか」と声が上がり、窘めるような確信のセリフが後に続く。

進行役の綾瀬が舞台上に登場すると、話声こそ収まったが、重苦しい雰囲気はそのままだ。

現生徒会が仕切る式典において、生徒たちのこのような反応は初めてのことだった。

綾瀬は座席側を静かな面持ちで見回すと、ゆっくりと口を開いた。

イベントのときとは異なる落ち着いた音色が、マイクを通して大講堂に響き渡る。

『只今より、次期生徒会役員就任式を執り行います』

次期生徒会役員就任式。

今月の頭に行われた生徒会長選挙で、次代のトップとなった仁志が、自ら共に碌鳴学院を導く仲間として選んだのは果たして誰か。

生徒たちの間に漂う気配が、一層の緊張を見せた。

『次期生徒会会計、一年C組、鴨原 久一』

綾瀬の声に応じて、鴨原がステージに進み出る。

闇色の瞳でしっかりと前を見据える毅然とした姿は、小柄なはずの彼を大きく見せた。

折り目正しく一礼をした鴨原に、生徒たちから拍手が起こる。

次いで呼ばれたのは、生徒会書記。

『二年D組、神戸 夏輝』

ぎこちない動きで舞台に現れた神戸へ、野太い歓声が上がるのはすぐだ。

「なっちゃーん!」
「頑張れー! 次期書記様ー!」

囃し立てるような声に、神戸の顔は髪色と同じく真っ赤に染まる。

声のした方をキッと睨みつけるものの、どうにか鴨原の隣に並んでペコリと頭を下げた。

鴨原と神戸のお蔭で、講堂内の空気は幾分いつもの明るさを取り戻していた。

それが再び暗く冷え込むのを予想して、光はきゅっと拳を握りしめた。

予想が現実となるのは、次の瞬間。

『次期生徒会副会長――二年A組、長谷川 光』

引き潮のように音が退く。

重苦しい静寂は、光の登場を拒絶するかのようだ。

だが、それに屈するつもりはなかった。

光は一つ深呼吸をすると、舞台袖の影の中から光りの指す舞台へと出て行った。

途端、突き刺さる無数の視線。

批難するもの、驚きに満ちたもの、白けきったもの。

最も多いのは、困惑に揺れる視線。

転校生の副会長就任に、動揺を隠せないでいる。

乱れぬ歩調で所定の位置まで行くと、光は生徒たちに向かってしっかりと腰を折った。

どれだけ生徒たちに疎まれていようとも、自分はもう次期生徒会副会長なのだ。

綾瀬の後を継ぎ、碌鳴学院を守って行くと決めたのだ。

もう逃げも隠れもしない。

「光ちゃーん、頑張ってねー!」
「え?」

冷たい静寂を破ったのは、陽気で朗らかな声援だった。

光は弾かれたように顔を上げ、声の先を辿った。

「あ、渡井……」

二年生の席が設けられた座席中ほどで、にまっと笑いながら手を振る男を見つけ出す。

学院ホストの渡井 明帆は、周囲の驚愕など意にも介さず拍手をする。

その横に座る野家も苦笑交じりに手を打ち鳴らした。

呆気にとられている内に2年A組の面々が加わり、まばらな音色が光の胸を震わせる。

たった数人だ。

光がこの場に立つことを認めてくれたのは、耳に届く小さな音の数だけだ。

それでも確かに、拍手は聞こえる。

応援してくれている人はいるのだ。

頑張ろう。

碌鳴学院に所属する、すべての生徒たちのために。

その中にはこうして、自分を励ます心強い人たちがいるのだから。

光はもう一度だけ、深く頭を下げた。




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