◇
受け入れたばかりとはいえ、穂積への思慕の念が簡単に失われる類のものでないことは分かる。
時間が経つにつれて、想いは深まる一方だろうと予想も出来る。
強く大きくなっていく心を、果たしていつまで抱えていられるだろうか。
口を閉ざしたままでいられるだろうか。
出口のない恋情は、仁志の言う通りやがてどろどろに腐ってしまうかもしれない。
照れくさそうにはにかんだ綾瀬、優しげに微笑んだ歌音、真剣に語った仁志。
彼らが抱いたものと同じはずの熱が、醜く朽ちて行く様を想像してゾッとした。
そうして光は、示された具体的な行動に考えを巡らせた。
もし自分の気持ちを、穂積に告げたら。
もし自分が想うように、穂積が想いを返してくれたら。
だが、その仮定はあっけなく崩れる。
「無理だ」
「言う前から無理とか言ってんじゃねぇよ。俺の予想じゃ会長も――」
「俺と会長は生きる世界が違う」
仁志の言葉を遮って、光はきっぱりと言い切った。
いつか穂積本人にもぶつけたセリフは、揺らぐことのない絶対の真実だ。
世界的な大企業の後継者である穂積と、調査員として社会の裏側に潜る千影。
日の下を歩く男に対して、少年は影の中に生きている。
共に同じ道を歩むことなど、どうして出来るだろうか。
万が一にも想いが通じたとして、二人の関係は成立しない。
「HOZUMIグループ後継者と調査員じゃ、立っている場所が違うんだ。告白なんて考える意味もないだろ」
変化したのは光の気持ちだけで、目の前にある現実はあのときのまま。
どれほど望んだところで、千影が穂積の隣に行くことは不可能なのだ。
硬直した友人に曖昧な笑みを浮かべると、光は話を切り上げるように立ち上がった。
キッチンに入り、二人分のマグを用意する。
穂積の傍に在りたいと思う気持ちは、小鳥に語った日から変わらない。
叶わらぬ願いと諦めながら、どうしても消せずにいる。
意識してしまえば息苦しさに喘ぐと知っている少年は、切ない痛みを放つ感情を、再び胸の奥深い場所へ沈めようとした。
「隔たりをなくせばいいだけだろ」
リビングから仁志の声が届く。
一瞬、何を言われたのか分からなくて、光は動きを止めた。
にゅっと対面式のキッチンを覗き込んだ男は、至極真面目な様子で言った。
「調査員、辞められねぇのか?」
「…………は?」
思いがけない提案に、目が点になる。
- 689 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]