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時間や精神的な余裕がないことを理由に脇へ押しやって来たけれど、穂積との関係に実害を出してしまった以上、向き合わねばならない。
芽生えたばかりの心を、消化しよう。
覚悟を決めるや、光は自分の想いを確かめるように語り始めた。
「前に仁志が言ってくれただろ? 俺以外に正体を明かしたい相手はいないのかってさ。あのときはそんな相手いないって答えたけど、本当はいたんだ」
明かしたい相手ではなく、暴いて欲しい相手が。
「光」の奥の千影に気付いて欲しい。
「千影」の先の千影を見つけて欲しい。
そう願い始めたのは、随分と前のことだった。
仁志に問われるよりも、ずっと前から。
本当の自分を明かすのではなく、探し出して欲しかった。
「でもそれは、俺が……「調査員」でしかない俺が望んじゃいけないことだった」
「調査員」にとって正体発覚はもっとも避けなければならない絶対事項。
自ら打ち明けるならまだしも、よりにもよって「暴かれたい」と思うなど許されない。
願うたびに後悔をして自己嫌悪に陥って、けれどどうしても捨てられなかった。
願わずにはいられなかった。
あの頃の光は、「調査員」でなくなることを何より恐れていたというのに、心柱を揺るがす欲求をなぜ抱き続けたのか。
今なら理解できる。
「仁志の言う通り、俺は気付かないフリをしていた。俺、ずっと前から会長が好きだったんだ」
自己存在理由の消失に瀕しても、心の叫びは止まなかった。
俺はここにいる。
飽くことなく穂積へと訴える心を形作っていたのは、恋情だったのだ。
内側に蓄積された想いを一つ一つ言葉にして行けば、持て余していたはずの熱は静かに少年へ溶けて行く。
異物が己の一部へ変わり、ゆっくりと浸透する。
頭のてっぺんから足の先まで、全身の隅々まで染み渡ったとき、光は情けなく取り乱していた自分を不思議に思うほど平静だった。
穂積への想いを無事に消化し、ほうっと充足感に満ちた吐息を吐き出す。
あたたかく穏やかな気持ちになった光は、顔を俯け両肩を震わせる友人に気が付いた。
「仁志?」
「……か」
「は?」
「やっとか!」
バッと勢いよく顔を上げた彼の両眼は、興奮からか爛々と輝いている。
テンションの上昇が抑えられないとでも言うように、ぐっと拳を握りしめて光へと身を乗り出した。
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