何て浅ましいのだろう。

あのとき己は須藤と対峙していたのだから、本当に見舞いを受けていたら困るだろうに、穂積が「千影」によって足止めされたと思うや鉛を呑みこんだ気分になる。

胸の奥がズシリと重くなり、呼吸が詰まる。

後夜祭では生徒会によるアトラクションがいくつも予定されていたのだから、穂積が光を見舞えなかったのは、一概に「千影」のせいだとは言えない。

仮に「千影」が原因だとしても、光には穂積の行動を制限する権利はないし、穂積が何に心を奪われようとも文句は言えない。

そう頭では分かっているのに、心の安寧は戻る気配もなく遠い彼方。

堰き止められた呼気は淀み、重苦しい圧迫感が増していくばかりだ。

追いやられた幸福感は、いつの間にか失われていた。

「長谷川?」

態度の変化に気付いたのだろう。

訝しげに顔色を窺われ、光は我に返った。

自分は何を考えているのだろう、何を想っているのだろう。

身勝手な嫉妬を、どうしても止められない。

「どうした、やっぱりまだ体調が――」
「違います、問題ありません」

光は穂積の問いを遮って、早口に応えた。

一刻も早くこの場を去りたい衝動に駆られて、穂積から逃げるように視線を彷徨わせる。

これ以上、今の自分を穂積に見られたくなかった。

だが、急によそよそしくなったのが悪かったのだろう。

相手は眉間にしわを作ると、光の額へと手を当てようとした。

「お前、まさか本当に調子が悪いのか?」
「っ!」

鼓膜を打った乾いた音の正体に気付いたのは、対面に驚愕の表情を見つけた後。

伸ばされた手を反射的に叩き落とした自分のそれが、中途半端に中空で停止していた。

「あ、俺、すみません」
「……いや、驚かせて悪かった」

動揺に震える声でどうにか謝罪を口にしたものの、光は込み上げる自己嫌悪に心臓を締め付けられた。

純粋に己を案じてくれた穂積に対し、一方的な嫉妬を抱くに飽き足らず、向けられた優しさを撥ねつけたのだ。

居心地の悪い沈黙が落ち、互いに目を背けて立ち尽くす。

光は情けなさともどかしさから、ぎゅっと拳を握りしめた。

こんなことをしたいわけではないのに、自分で自分を制御できない。

言うべき言葉を発せず、すべき行動を取れない。

追い詰められた精神は限界を主張し、穂積の前からの退却を求めているのに、地面に縫い付けられたかの如く足は動かなかった。

「んなところで何やってんだよ、二人して」

気づまりのする空気に割って入ったのは、第三者の声だった。

執務室を出てきたところなのだろう。

上階から階段を下りてくる仁志が、不思議そうにこちらを見ている。

その姿を捉えた瞬間、光を縛っていた呪縛が解けた。

「待ってた!」
「は?」
「待ってたんだよ、仁志のこと。もう仕事終わったんだろ? なら一緒に帰ろう。な!」
「お、おう」

捲し立てる光の勢いに圧倒されたのか、仁志は面食らった様子で頷いた。

状況が理解できていない相手に構うことなく、光はその腕をしっかりと掴むや引っ張るように歩き出す。

「会長、これで失礼します」

決して顔を上げることなく俯いた状態で言うと、光は突き刺さる視線を無視して碌鳴館の扉を開けた。

物言いたげな穂積の表情も、それを目撃した仁志の瞳も、一つとして気付かぬまま。




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