忙しない鼓動。




すべての議題を話し終えたのは、夕暮れを迎えてからだった。

穂積の号令で会議が終了し、役員たちは三三五五に碌鳴館を後にする。

執務室に寄るという仁志と別れ、光もまたエントランスホールから茜空の下に出ようと玄関扉に手を掛けた。

動きを止めたのは、背後からかけられた呼びかけのせいだ。

「長谷川」
「会長……」

会議室からそのまま追って来たのか、穂積は小脇にファイルを抱えている。

軽く会釈したものの、光の胸中は大いに動揺していた。

会議が終了してしまったせいで、今度は強襲した恋心を抑えきれない。

次期生徒会副会長としての責任感や職務意識が退いてしまえば、心の在り処をどうして制御できる。

ようやっと自覚したのが恋心だけならまだしも、複雑な嫉妬心まであっては落ち着けと言う方が無理だ。

恋心との付き合い方を知らない光が、感情を整理し切れていない状況で、想い人と対峙するのはあまりにハードルが高い。

揺れ動く厄介な想いに呆気なく意識の中枢を制圧され、光の視線は情けなくも足元を彷徨った。

「どうかしましたか? 連絡事項に漏れでも」
「いや、そうじゃない」

さり気なく目を逸らしたまま、平静を装い問いかける。

長年培ってきた調査員としてのスキルが、こんな場面で役に立つ日が来るとは思わなかった。

異変に気付いた気配もなく、穂積はじっと光を見つめている。

それに益々全身の筋肉が竦んでしまって、まるで怯えているようだと内心だけで苦笑した。

「この間の後夜祭のことなんだが――」
「え?」
「お前、途中でホールを出て行っただろう。校医と一緒に」

だが、穂積の口から放たれたセリフに、心の中の苦笑いは凍りついた。

調査員同士の接触を目撃された上に、その事実を確認されるということは、どういうことなのか。

正体露見への警戒と僅かな期待、相反する感情が鎌首をもたげる。

そろりと窺うように顔を持ち上げると、しかし穂積の表情に疑念は見えなかった。

続けられたのは、追及ではなく懸念。

「体調でも崩したのか?」
「え?」
「あの後、戻ってこなかっただろう。寮に帰ったんじゃないのか」

穂積は武と消えた光を怪しんでいたわけではなく、純粋に光の身を案じていたのだ。

話の主軸が見えた途端、光はカッと頬に血を昇らせた。

嬉しくも恥ずかしい気持ちでいっぱいになり、鼓動が一気に早くなる。

あの暗がりの中、遠く離れたステージの上から己を見つけ出してくれたこと。

しかも、その後戻っていないことにまで気付いてくれた。

僅かなりとも穂積に意識を傾けられていた事実が、面映い歓喜を喚ぶ。




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