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次期生徒会役員との挨拶が一通り済み、各人それぞれが着席した頃、会議室の扉が開かれた。
現れたのは現生徒会の頂点を担う二人。
室内にいた全員の視線を浴び、綾瀬はにこりと笑顔を作ったものの、同じく注目に晒された穂積の表情はぴくりとも動かない。
厳格ささえ漂う無表情で場を見回し、全員揃っていることを確認する。
と、その眼が光の上でぴたりと停止したではないか。
穂積の姿を目の当たりにしたのは後夜祭以来で、光の心臓は悲鳴を上げかけた。
調査員としての責務に集中することで、無理やり脇に追いやっていた自覚したての恋心が、今にも思考の中心に躍り出そうだ。
高鳴る鼓動が治まったのは、穂積の唇が紡いた一言のためである。
「来たか」
「っ、はい」
遅れてやって来たのは穂積だが、彼の意図するところは別にある。
含まれた真意を即座に読み取るや、熱に浮かされかけた頭の中心が明瞭になる。
揺るぎない口調で応じると、感情の見えない秀麗な面に満足げな微笑が乗せられた。
「もう逃げられないぞ」
「逃げません。せっかくもらった「挑戦の場」ですから」
光は極彩色の煌めきを有す黒曜石に、真っ向から対峙した。
今までずっと逃げてきた。
調査員でなくなる可能性がある、すべてのものから。
友人という肩を並べる存在、自己と他者に抱く信頼、求めた先の救済、そして有り触れた学校生活。
手にしてしまえば己の足元が瓦解すると思い込み、何もかもを恐れ逃げていた。
だが、認められず、受け入れもせずにいたものを、いつしか光は少しずつでも確実に手にしていた。
手にしたところで、己の存在意義は崩れ去らない。
むしろ新たに生まれ出でると知ったから。
だからもう、光は――千影は逃げたりしない。
長い前髪や分厚いレンズの眼鏡に阻まれて見えないだろうに、穂積は光の双眸に灯った決然とした輝きに気付いたかのように、一瞬だけ瞠目した。
頬を和らげ、緩やかな笑みを口元に刷く。
「お手並み拝見、だな」
挑発的なセリフに反した優しい声音で言うと、彼はホワイトボードの前にある議長席に向かった。
綾瀬と並んで着席し、手にしていた資料を机に広げる。
それを待っていたように仁志が立ち上がり、用意していた資料を配布する。
今日の議題は明日に控えた就任式、そして今後の生徒会活動についてだ。
穂積はゆっくりと目を上げると、よく通る凛とした声を響かせた。
「ではこれより、現生徒会役員及び次期生徒会役員による会議を始める」
これから光は次の副会長として、碌鳴学院を支えて行く。
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