「仁志様、痛いです……。けど、取り乱してすみませんでした」
「おう。頭冷えたなら、ちゃんとてめぇで話せ」

殴られたにも関わらず謝る神戸に、それを当たり前のような顔で受け止める仁志。

「様」付をして呼んでいる点からも、彼が書記方筆頭であることは間違いなかった。

神戸は一度大きく深呼吸をすると、今度はしっかりと光と目を合わせた。

「旧書記方筆頭、現次期会長方筆頭の神戸だ。六月のサバイバルゲームと七夕祭り、迷惑をかけて本当にすまなかった!」

言うや、神戸は勢いよく頭を下げた。

予想もしていなかった展開に、光はぎょっと目を瞠る。

「い、いいって! もう過ぎたことだろう」
「そう言ってもらえると有り難い。でも、本当ならもっと早く、長谷川に謝りに来るべきだったんだ。きっかけが掴めなくて遅くなったけど、あのときは危ない目に遭わせてごめん。委員を代表して謝る。ごめんなさいっ」

ごめんなさい。

まるで子供のような言葉だが、これ以上に反省を示すものはない。

ストレートな謝罪に、思わず呆気に取られてしまった。

「突然やって来た長谷川が、仁志様に近づいたのが気に入らなくて、オレも委員の奴らも無茶苦茶なことした。でも、七夕祭りのときに助けてもらって分かったんだ。長谷川は仁志様の友達なんだって」

頭を下げたまま続けられた内容は、前半こそ理解できたが後半は身に覚えがなかった。

「顔をあげてくれよ。それに助けたって、俺が?」

碌鳴に来て二度目の行事を振り返るものの、蘇るのは正面突撃を仕掛けて来た書記方の人間を、次々と倒して行ったことくらいだ。

その後、霜月 哉琉率いる会長方の策謀にはまり、生徒会に救出されたくらいで、光自身が誰かを助けた事実は思い当たらなかった。

疑問を解決してくれたのは、未だに顔を上げない神戸ではなく、その隣に立つ仁志だった。

「こいつもお前に特攻したんだよ」
「は? 神戸が?」

ついほっそりとした少年を凝視してしまう。

闘いを挑んで来た書記方の中には、上背のある者や体格のしっかりとした者の外に、愛らしい容姿の生徒も多くいたのは確かだ。

しかしながら、神戸のような赤い短髪の生徒はいなかったはずだ。

染めていたとしても茶系か、後は崇拝対象である仁志を真似た金髪くらい。

ふと、その一人の金髪少年を脳裏に思い浮かべたとき。

「こいつな、ころころ髪色変えるんだ。そんとき一番影響受けてる人間を真似するんだけどよ。七月まではずっと、俺と同じ金髪だった」
「え? あ、まさかあの時の……?」

窺うように問いかけると、しずしずと顔を上げた神戸は言い難そうに、それでも口を開いた。

「暴走したまま勢いに乗っちゃって、止まれなかった。ぶつかるって気付いたときには、目の前に長谷川がいたんだ。オレのこと飛び越えてくれなかったら、正面衝突してた」

その言葉を聞いて、やっと目の前の神戸と七月の無茶な少年が重なった。

他の書記方同様、光に襲いかかって来たものの、逃走をした光の進路に飛び出して無謀にも行く手を阻もうとした彼だ。

言われてみれば、体格や声のトーンなどはあのとき遭遇したものと相違ない。

髪型が大きく変わっていて、気づくのが遅くなった。

「馬鹿な真似したオレを助けた上に、注意までしてくれただろ。罵倒されたっておかしくないことしたのに」
「罵倒はしないだろ」
「うん。だから、仁志様の友達なんだって分かった。自分のことよりも、相手のことを気にするのは仁志様と同じだったから……助けてくれて、ありがとう」

謝罪同様、まっすぐなお礼にくすぐったい気分になる。

神戸の言葉一つ一つがどれも真からの想いだとダイレクトに伝わって来るのだ。

感情がそのまま表れる仁志のようだと思った。

努力はしていても、彼らほどに「まっすぐ」になり切れていない光は、どう反応したものか視線を彷徨わせる。

こちらの内心を見切った顔で、にやりと口角を持ち上げた仁志を睨みつけてやりたかったが、そんな余裕はない。

言葉が出てこない光に代わって、動いたのは神戸だった。

彼は光を見つめたまま、思い切ったように手を差し出した。

「今回、長谷川と一緒に生徒会で働けるって知って嬉しかった。これから……よろしくお願いします!」

愛の告白でもするように、手を出したまま顔を伏せられ、光は目を丸くする。

同時に、神戸から注がれる真摯な気持ちを理解して、胸が熱くなった。

そろそろと腕を持ち上げ、手を握り返す。

「こちらこそ、よろしくお願いします。一緒に頑張ろう」
「あっ……お、おう!」

緊張に強張っていた神戸の顔に、パッと太陽のような笑顔が広がる。

裏表のない、ありのままの感情の発露が眩しくて仕方ない。

けれどもう、以前のように卑屈な気持ちは露ほども湧かなかった。

光は手を握ったまま、「そういえば」と先ほどから気になっていたことを口にした。

「あのさ、もしかして修学旅行のとき、タオル貸してくれたのって神戸――」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! い、いつ気付いて……ってうわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うるせぇっ!!」

仁志の怒声と共に、再び神戸の頭に拳が落ちたのは言うまでもない。

フレグランスが同じ匂いだったから、という光の答えは、終ぞ音になることはなかった。




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