◇
「八つ離れているんだけど、仲がいいんだ」
そう告げた綾瀬は、写し出される一枚一枚を柔らかな眼差しで眺めている。
フレームの中の人物は年を遡っているのか、やがて最初の和服姿に比べて随分と若いものが表示された。
元は綾瀬と同じ甘栗色の髪を、今の仁志と同じく金色に染めており、身に纏うのは碌鳴学院の制服だ。
優しげな面立ちに浮かぶのは、挑発的で自信に満ち溢れた笑顔である。
「今でこそ落ち着いているけど、昔はヤンチャだったんだよ。学院では目立つ存在だったみたい」
「変われば変わるもんですね、人って。この写真見て、さっきの人と同一人物だとは思わないですよ」
「でしょう? 将来は仁志くんも今とまるで違う様子になってたりして」
感心したように言うと、綾瀬は楽しそうに喉を鳴らした。
確かに、綾瀬 霞がここまでの変貌を遂げたのなら、自分もいずれ変わるかもしれない。
中学の頃から染めている金髪頭を止めて、乱雑な言葉遣いや気性の激しさも改めて、大人の余裕とやらを身に着ける日が来るのかも。
そう思ってイメージしてみようと試みたものの、上手くいかずに断念した。
大人しい自分など、想像できない。
「弟さんのもありますか」
「うん? 望くんは……あぁこれだよ」
綾瀬が差し出した写真立てには、どこかのラベンダー畑を背景に、小学生くらいの少年と彼本人が仲良くピースサインをした一枚が収められていた。
綾瀬家の遺伝なのか、髪と瞳の色はやはり同じだ。
「来年、中学生なんだ」
「碌鳴ですか?」
「うん」
満面の笑みを見せる兄とは異なり、弟は少しはにかんだ微笑を浮かべている。
照れくさいのか、頬が紅潮しているようにも見えた。
仁志はいくつもの写真を手にとっては、あれこれと綾瀬に説明を求めた。
これまで家族の話をする機会などなかったため、すべてが新鮮だったのだ。
まるで綾瀬との距離が縮まるような気がして、恋人らしい触れ合いが出来ずしょげていたことなど忘れて上機嫌に写真を眺めていた。
その表情を、切なげに見つめる双眸にも気付かずに。
「綾瀬先輩、これはいつのときの……先輩?」
とんっと、背中に衝撃を感じたと思った時には、腹に細い腕が回されていた。
背後から抱きつかれ、仁志はぎょっと目を剥き飛び跳ねた心臓を押さえつけた。
数分前までの願いが唐突に叶った事実に、動揺せずにはいられない。
ぎこちなく背面を窺えば、己のシャツに顔を埋めた綾瀬のつむじが見える。
「どうしたんですか、いきなり」
「ごめんね」
「いや、別にいいっていうか、むしろ嬉しいです」
つい本音で応じてしまったが、綾瀬はいつものように笑うこともなければ、不思議そうな顔で見上げてくることもなく、ただ腕にぎゅっと力を込める。
まるで表情を見られたくないようだ、と思った仁志は、ふと胸の奥がざわめくのを感じた。
何かよくないことが起こるのでは。
直感するや不安が急速に膨れ上がり、頬を強張らせた。
「綾瀬先輩、本当にどうかしたんですか?」
「……」
「何かあったんですか?」
腹の上に置かれた綾瀬の両手に己のものを重ね、募る危機感を極力表に出さぬよう注意して問い続ける。
だが、綾瀬はふるふると頭を振るばかりで、明確な答えは返してくれない。
「ごめんね、本当にごめん」
「綾瀬先輩……?」
「ごめん。もう少しだけ、このままでいさせて。このまま、何も訊かずに」
繰り返される謝罪は頑なな響きを有し、回答が与えられることはないと知らしめる。
何を思い腕を伸ばしたのか、何に対して謝っているのか、何が綾瀬をそうさせるのか。
一つとして分からぬ突然の展開に、仁志の心は不安定に揺らめくものの、包み込んだ華奢な手が微かに震えていると気付いてしまえば、追及は出来なかった。
彼に出来たのは、愛する人の懇願を叶えてやるべく、いくつもの疑問符を殺すことだけ。
口を噤み己の両手に力を込めること、ただそれだけだった。
- 676 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]