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付き合い始めた当初は、積年の恋が実った事実に浮かれ気にも留めなかったが、冷静になれば未だ先輩後輩関係を続けているように思えてならなかった。
忙しすぎるのも原因の一つだろう。
地獄の二学期は生徒会役員全員が朝から晩まで仕事をし、休日などあってないようなもの。
特に昨年を経験していない仁志は仕事を持ち帰ることも多く、綾瀬との甘い時間を楽しむ余裕などない。
次期生徒会発足を目前に控え、ようやくスケジュールに余裕が出てきたこの機会に、関係進展を狙うつもりだった。
だが、仁志の思惑を知ってか知らずか、綾瀬は「気にしないで」と返しながら、ごく当たり前の様子で対面のソファに座ってしまう。
ここは普通、隣り合うものではなかろうか。
当然の来訪を受け入れる文句が、まったく別の意味に聞こえてならない。
仁志は思わず綾瀬を凝視してしまった。
「どうかした?」
「い、いえ。なんでもないっす」
些細な言動に反応し過ぎだ、と自分自身に言い聞かせる。
こんなことで挫けては、綾瀬の恋人など務まらない。
何しろ相手は、腹黒か天然か一向に読めない魔性の麗人なのだ。
仁志は気を取り直すと、綾瀬の背後にあるサイドボードに目を留めた。
「写真、飾っているんですね」
「うん。碌鳴のみんなのもあるし、家族のもあるよ」
「見ても?」と問えば笑顔の了承が与えられて、仁志は席を立った。
いくつも並んだフォトフレームの中には、見覚えのあるものもチラホラある。
仁志はその中の一つを手に取ると、相手の座るソファの背もたれに寄り掛かった。
「これ、俺が生徒会に入ったときのですよね」
「そうだよ。仁志くん、最初は嫌々だったよね」
「逸見先輩の後任なんて、俺じゃなくても嫌がりますよ!」
額縁の内にはしかめっ面の自分を中心に、今の生徒会メンバーと逸見が映っている。
今から一年前、逸見の代わりとして書記に任命された際、綾瀬が提案をして記念に撮ったものだ。
生徒会活動は中等部時代で懲りていたから、絶対に入るつもりはなかったのに、綾瀬にお願いされて拒否し切れなかった。
当時の予想通り、仁志は多忙極まりない毎日を送っている。
しかも次は生徒会長だ。
逸見の後任もプレッシャーだが、穂積の役職を引き継ぐのはそれ以上の緊張を伴った。
「けど、立派に務め上げたじゃない」
「え?」
数日後に控えた就任式に想いを馳せていると、綾瀬の優しい声音が耳朶を撫でた。
視線を傍らに移せば、たおやかな美貌に柔和な笑みを湛えて見上げてくる一対の瞳と遭遇する。
「仁志くんは逸見くんの後任を、十分に果たしたよ。キミが書記になってくれて、よかったと心から思うもの」
「綾瀬先輩……」
思いがけず与えられたセリフは、重責に萎縮しかけた仁志の心を解す。
じんわりと胸に広がる熱が、そのまま視線に表れる。
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