けれど、気づいてしまったのだ。

碌鳴祭の日、穂積と言葉を交わした裏庭で。

体感してしまったのだ。

後夜祭の夜、達成感に湧くパーティ会場で。

己は「調査員」だけの存在ではないのだと。

「俺を調査員として育ててくれた武文に、こんなことを言うのは間違っているかもしれない。それでも俺は、自分のすべてがたった一つの要素で出来ているとは思えないんだ」

ずっと「調査員」という肩書だけが、己なのだと信じていた。

実際、千影にはそれしかなかった。

この身を形成するのは唯一つの要素であり、他の何かがあるという可能性を考えもしなかったのだ。

碌鳴学院に足を踏み入れるまでは。

「学院に潜入して、仁志と友達になって、会長とか……他の生徒会役員と交流を持つようになって、最近じゃクラスメイトとも話すようになった。もちろん、百パーセント調査を抜きにした関係ではないけど、調査のためだけに距離を縮めたわけじゃない」

調査員としてのみ、接して来たわけじゃない。

碌鳴学院に在籍する一生徒として、千影は彼らとの時間を積み重ねてきた。

碌鳴生としての己が、そこに在った。

千影は調査員だ。

でも、調査員だけではない。

碌鳴生という別の要素を持ち、さらにはまた他の要素をも有するかもしれない存在なのである。

「俺が調査員であることは変わらない。でも、俺と調査員はイコールじゃない。俺のすべてが調査員なわけではないんだ」

千影はしっかりとした口調で言った。

対面の男は言われた内容の処理が間に合わないのか、呆然とした面持で固まっていた。

その表情が何がしかの感情に彩られる前に、先を続ける。

「俺は碌鳴の生徒として、生徒会に入りたいと思った。でもそれには、俺が「長谷川 光」でいられる残り時間が短すぎる」

調査の終着点が見え始めた現在、学院で過ごせる残り時間は決して長くない。

数か月も経たずに学院から姿を消すことになる「長谷川 光」が、生徒会副会長という重く尊い任に着くのはあまりにも無責任だ。

途中で消えるくらいならば、最初から引き受けるべきではない。

けれど千影は、穂積の要請に応じた。

生徒会で副会長という役職を、最後までまっとうする気で受け入れた。

だから。

「一年半、俺に時間を下さい。卒業まで、この学院に在籍させて下さい」

千影は椅子から立ち上がると、深く頭を下げた。

「卒業までは、俺が調査員だけであることを、中断させて下さい。お願いしますっ」

インサニティの件は必ず最後までやり遂げる。

卒業後は、今まで以上に仕事に力を尽くす。

それらが言い訳にも免罪符にもならない我儘であるとは承知しているけれど、最初で最後の学校生活を赦してほしい。

芽生えたばかりの新しい自分を、認めてほしかった。




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