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具体的な組織名はこれからだが、佐原と犯罪組織の繋がりは見えてきた。
碌鳴学院の教師である佐原が、資産家によってある犯罪組織と引き合わせられたとなると、千影の頭は一つの不穏な想像を思い浮かべずにはいられない。
少年の言いたいことを察したのか、木崎の双眸が鋭さを見せた。
「……実験か?」
こくん、と首を縦に振る。
売人の行動は純粋な利益目的とは思えない。
霜月の件を抜きにしても、「碌鳴学院」という限定空間で「生徒」という限られた相手にのみ売りつけるのは明らかに不自然だ。
例えばそれが、新種薬物であるインサニティの実験だとすればどうだろうか。
外部からの介入が難しい閉鎖的な全寮制高校を使って、ターゲットである十代の青少年たちにどのような作用を及ぼし、どれだけの収益を見込めるかを試しているのだとしたら。
手ごろな価格、簡単な使用方法、得られる効果、数度の使用の後に突如現れる中毒症状。
現代の青少年たちに的を絞ったようなインサニティの特徴が、実験による成果に思えてならない。
現在まで若者を中心に都内で爆発的な流行を見せている事実が、二年、あるいはそれ以上の実験期間を経たからではないかと、千影は考えていた。
「組織と金持ち連中が繋がって、外部に漏れる心配のない碌鳴を実験場に選び、佐原は協力者としてインサニティをばら撒いたってとこか」
「ただ、犯罪組織がそんな長期的な計画を取るかなって」
「既存のヤクじゃ、売り上げの天井は見えてる。新しい組織はどんどん入ってくるし、潰し合いも激しくなる一方だ。ここで慎重になって確実に金のなる木を育てても不思議じゃないな」
木崎は暫時、思案をするように目を伏せると、間もなくこれからの調査計画を打ち立てた。
「売人は佐原 裕也とみて調査をするぞ。俺は佐原と関係のある資産家を洗って、インサニティの入手ルートを特定をする。お前は佐原の動向に注意しながら、証拠集めを頼む。このファイルの写真は使えないからな」
「佐原の部屋と体育教官室を調べていいってこと?」
「あぁ、任せる。報告だけは怠るなよ」
GOサインを出されて千影は口端を持ち上げた。
先日、訪れた体育教官室で嗅いだ独特の甘い芳香は、間違いなく探し求めるドラッグのもの。
仁志にゴールドカードを借りて、まずは人目の少ない体育教官室から見ることに決めた。
動き出した事態に昂揚した心が冷えたのは、木崎の手に収まった黒いファイルを見たせいだ。
千影は窺うように木崎を見上げた。
「……須藤はどうするんだ」
佐原と並んで売人候補だった須藤は、今回の一件で無実を訴えた。
彼の話に矛盾はなかったし、碌鳴からドラッグを消したいと語った言葉に偽りの気配は感じられなかった。
それなのに、なぜだろう。
胸の奥に残る違和感。
消えることのない不安が、千影の表情を曇らせた。
「疑っているのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……なんか、納得しきれないんだ」
何が納得できないのか、それすらも分からない。
ただ、千影を貫く強烈な眼差しが、愛おしむような顔が、向けられる空気が、未だに心臓を騒がせる。
須藤への警戒心を解かせてはくれなかった。
曖昧で不明瞭な感覚を説明できず、無言のままに俯いた千影を眺めていた男は、「わかった」と一言。
「お前が売人じゃないというなら、そうなんだろう。けど、気になるのも本当なんだろう? それなら、俺が確かめればいいだけの話だ」
はっと上向けば、木崎はあっさりと言ってのけた。
調査員としての真剣な表情を崩し、にやりと笑みを浮かべる。
「お前の調査員としての勘は当たる。けど、俺の勘はさらに当たるからな」
そう嘯くように言うと、千影の黒髪をくしゃりと撫でた。
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