対面で微笑む男を不思議そうに見つめていた千影は、話を調査に戻され慌てて意識を正した。

足元に置いていたスクールバッグから、黒いファイルを取り出す。

「武文にも見てもらいたくて借りてきた。須藤が今まで調べてきたことが、全部載っている」

受け取った木崎は、中身を確認するや眉根を寄せた。

佐原の取引現場を写した写真を見たからだろう。

初めてファイルを開いたときは、須藤の本格的な調査ぶりに千影も驚いたが、改めて写真を確認すれば、どれも素人らしい写真ばかりと気が付いた。

対象との距離が遠すぎたり、逆に近すぎたり、撮影を気取られかねないものがいくつもある。

「調べすぎて佐原に警戒されてるって」
「そりゃそうだろう」

木崎は呆れた声で同意を示したが、ふとある部分で資料を手繰る手を止めた。

チラリと視線を投げられ、首肯を返す。

昨夜、借り受けたファイルを自室で読み直した際に、稚拙な現場写真とは別の意味で千影の目を惹いた箇所があった。

佐原の行動記録や交友関係をまとめたページである。

詳細に調べられており、これまでの調査で千影たちが得たものと比べても見劣りしない。

それどころか、こちらが知らない情報まで載っていた。

行動記録や交友関係からは、ドラッグの蔓延状況だけでなく入手ルートを探ることが出来る。

ただの教員に過ぎない須藤には難しかったのだろうが、薬物事件を専門に調査して来た木崎には活用しがいのある情報だ。

真剣な顔つきでリストに目を通している。

「意外に金持ちとのパイプが多いな。裏できな臭い連中と絡んでいるヤツらもいる」
「うん。暴力団やマフィア関係で繋がりを調べても、佐原と結びつかなかったのは、そういうのが間に入っているからだと思う」
「金持ち連中は、碌鳴のツテで知り合ったんだろう。調べる方向をドラッグ関係に限定し過ぎたな」

的確な分析の後に続いた呟きは苦い。

霜月 哉琉へ一度に大量のインサニティを送りつけていた点から、売人は大陸系マフィアや暴力団と直接、取引を行える人物だと考えていた。

しかし、いくら佐原の学外の人間関係を調べても、裏社会との関係性は見えてこない。

犯罪組織の方面から探っていたのだから当然だ。

仲介となる存在がいる可能性に気付けなかったのは、千影たちの落ち度である。

すぐに大型組織の影を連想してしまう生粋の調査員とは異なり、一般人の須藤は自分の所属する「碌鳴学院」を足掛かりに佐原を探ったからこそ見えた繋がりだった。

ただし、一介の化学教師に過ぎない須藤には、これらの重要な情報を活かす術がない。

千影は託された情報を反芻しながら。

「あのさ、佐原の人間関係の他にも、気になることがあるんだ」
「なんだ」
「最初にマトリがインサニティを見つけたのは、今年の初めだろ? けど、碌鳴では少なくとも二年前から出回っていたっていう話が、どうしても引っ掛かる」




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