彼の願うもの。




昨夜の出来事を一通り話し終えると、対面の男は厳しい表情を作った。

諌めるような眼差しを受け、千影はぐっと膝の上で拳を握りしめる。

木崎の言いたいことは分かっていた。

無茶をしないという約束を破り、調査員として須藤と接触したのだ。

本来ならば、銀髪の男の正体が判明した時点で引き揚げ、木崎に報告すべきところ。

それをわざわざ一対一の勝負にしてしまったのだから、責められるのは当然である。

ファントムの正体が須藤でなければ、千影は大人しく踵を返していただろう。

底知れぬ気迫と惑いのセリフで、己を打ち負かし続けた相手だったからこそ、姿を潜めたままでいられなかったのだ。

負けたままではいられない。

十七歳の少年としてはごく当たり前の意地が、そこにはあった。

千影は顔を俯けることなく、眼鏡の奥にある双眸を見つめ返した。

己の行動に後悔はないが、インサニティ調査を危険にさらしたのは間違いない。

木崎の叱責を受ける覚悟は、須藤と向き合う前についていた。

潔ささえ感じられる千影の様子に、木崎はふぅっと小さく吐息を逃がした。

形の良い唇が静かに開く。

「……須藤は売人じゃなかったんだな。前回のこともあるし、いよいよ佐原を本命と見るべきか」
「え?」

紡がれたのは予想に反した内容で、思わず疑問符が出る。

今回の独断を怒られると思っていたのに、木崎から責める気配は微塵も感じられない。

千影の様子に戸惑いを察したのか、木崎は眉尻を下げて微笑んだ。

「確かに無茶をするなとは言ったけど、須藤の担当はお前だろう? 怪我もないようだし、お前が納得できたのなら文句なんてない」
「武文……」
「お前が選んだことなら、どんな結果になっても構わないから」

何度となく言われた言葉に、千影は何を返すことも出来なかった。

木崎はいつも、千影を受け入れてくれる。

どんな行動も、発言も、思考も。

例え共感や同調が出来なかったとしても、必ず受容してくれる。

もちろん、間違った方向に進んだときは厳しく窘めてもくれるが、基本的にはすべてを認めるのだ。

だが、最近の彼はそれだけではないように思えた。

今回のように、千影が己の感情を優先することを、歓迎しているように感じる。

調査のことだけを考えれば絶対に取るはずのない、調査員らしからぬ言動を木崎は喜んでいる。

穂積によって崩された、調査員だけの自分。

無意識に彼からの救済を求めた千影は、自分と調査員をイコールで結んでいることが出来なくなった。

自己存在の中心に据えていたはずの「調査員」という要素が揺らぎ、本能的な恐怖を覚えた。

木崎の態度は、千影の内側から「調査員」が失われていくのを望んでいるように見える。




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