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須藤は二年も前からインサニティの調査を進めていた。
事件を公にしたくとも出来ずにいた彼にとって、千影は代役に適任だ。
何しろ千影は、インサニティの調査のためにこの学院の門を潜った身なのだから。
普段は「長谷川 光」として姿を潜めている調査員を誘き出すために、須藤は「銀髪」のファントムとなって千影の前に現れたのである。
つまりこの展開は、須藤によって生み出されたと言えた。
「きみは本当に優秀な生徒ですね、長谷川くん」
須藤の端正な面に、極上の微笑みが乗せられた。
愛おしげと表現しても差し支えのない眼差しが注がれる。
それに若干の違和感を覚えながらも、千影は初めて呼ばれた生徒としての名前に呼気を逃がした。
覚悟はしていたが、面と向かって突きつけられるのは堪える。
「田中って言っても、見逃してもらえませんか?」
「修学旅行のあと、田中くんに言ったんです。受験するなら今から黒髪に戻した方がいい、と。今の彼の髪は黒だよ」
「……そうですか」
暗に修学旅行先の露天風呂で遭遇したときから、気づいていたのだと言われて泣きたくなった。
碌鳴学院で調査を始めてから、何度己の実力不足を痛感させられただろう。
過去の調査ではあり得なかったことばかりが起こっている。
自己嫌悪に陥る前に、無理やり頭を切り替えた。
「なら、俺に妙なことばかりしたのはなぜですか」
「妙なこと?」
「佐原先生に気を付けるよう忠告したり、尾行の邪魔をしたり。あなたに不信感を抱かせるだけだ」
もっとも、その不信感がなければ、須藤と銀髪の男を結びつけるのは難しかっただろうが。
「俺のことに気付いた段階で、真実を話せばよかったんじゃないですか」
恨みがましくならぬよう注意しつつ尋ねた千影に、相手は微笑みを湛えて思惑を明かす。
「君が変装をしていると気付いても、正体に関してはまるで分からなかったから、少し考える時間が欲しかったんだよ。反応を見て推理していたんです」
「で、俺の正体は何だと結論づけたんですか?」
「さぁ、警察の秘密組織のメンバーとか、碌鳴学院に雇われた調査員とか……どうですか」
「具体的には分かっていないんじゃないですか」
適当極まりない言葉に呆れて見せたものの、内心では一安心だ。
薬物事件専門の私立探偵とまでバレていたら、再起不能になるところだった。
「君がこの学院からドラッグを排除してくれる存在だと分かれば、それで十分です。正体が何であっても、私の目的を達成してくれるのであれば気になりません」
きっぱりと言いきった須藤は、最後に少しだけ意地の悪い眼で千影を見た。
「それに、私に辿りつく程度の技量がなければ、大切な情報をお渡しするわけには行きませんからね」
千影は目をぱちぱちと瞬いた後、がっくりと肩を落とした。
己の実力を試されていたのだと言われては、認めるしかない。
須藤の方が一枚上手であると。
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