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千影は驚愕と不信感に溢れた瞳を勢いよく対面に向けた。
「ここまで証拠が揃っているのに、何で通報しないんだっ」
まさか本格的な調査をしているとは思わなかった。
この写真だけでも、十分にマトリや警察を動かすことが出来る。
後は佐原がインサニティを入手したルートを調べて、彼の部屋からさらなる物的証拠を探し出せば完璧だ。
だからこそ、須藤が今の今まで告発していないことが疑問でならない。
何かしら別の思惑があるのではないかと疑ってしまう。
千影の非難に返されたのは、緩やかな微笑だった。
「そのために貴方が必要なんです」
男の唇が奏でた一言に、少年は眉間を険しくさせた。
「この学院の特性はご存知でしょう? 資産家や権力者の息子ばかりが集っている。ドラッグ事件が発覚すれば、碌鳴学院に在籍するすべての生徒の経歴に傷がつきます」
須藤に説明されるまでもない。
例えドラッグを使用したのは一部の生徒だとしても、不祥事の起こった学校が出身校となれば、事件とは無関係の生徒たちまで打撃を受けるのは必至。
何が致命傷となるか分からない世界に生きる彼らにとって、今回の一件が明るみに出ては相当な痛手となるだろう。
そこまで考えて、千影はようやく須藤の狙いを把握した。
「あなたが危険、というわけか」
「その通りです」
須藤は嬉しそうに肯定した。
証拠があるにも関わらず、警察に届けることが出来なかった理由。
すべては碌鳴学院の特性のせいだ。
生徒の両親は多かれ少なかれ、各業界に権力を持つ者ばかり。
不穏な種を芽吹く前に摘み取ることなど造作もない。
息子の在学中に不祥事が公になるのを恐れ、事件のもみ消しに動くのは確実だ。
最悪、公にしようとした須藤を潰してしまうだろう。
「解雇で済めばいい方です」
「……」
「この仕事、割と気に入っているんですよ。首を切られる危険を冒したくはありません」
罪の告発ではなく保身を選んだと、須藤は隠しもせずに言い切った。
責めようとは思わないが、こうまで明け透けなく言われるとため息をつきたくなる。
それをぐっと押し殺して、千影は硬質な空気を保ったまま肝心な点を追及した。
「この写真を見る限り、確かに売人は佐原だ。あなたが通報しなかった理由も納得できる。けど、それはどう説明するつもりだ」
怜悧な眼差しが向かったのは、ソファの脇に置かれた紙袋だ。
中には須藤のファントムの衣装一式が入っている。
「霜月の部屋に侵入したのは、間違いなく銀髪の男だ。そして今日、あなたは銀髪の変装をして俺の前に現れた」
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