浮上したのは、一つの仮定。

当初、インサニティは学院内部にしか存在していなかったのではないか。

だから、最初の摘発までこれほど時間が空いてしまったのでは。

須藤が碌鳴学院に勤務する以前から、学院内で使用されていたとしたら、インサニティの潜伏期間は恐ろしい長さになるだろう。

全寮制という閉鎖的な世界だからこそ、起こり得る話だった。

この仮定が真実となると、インサニティの売人は通常の密売人とはまったく異なる性質の持ち主だ。

非常に狭い限られた空間、人間を対象に、ドラッグを捌いている。

霜月に無償で大量に届けた点などからみても、利益目的でないのは確実だ。

千影は慎重に問いを次いだ。

「佐原に行きついたっていうのは、どういうことだ」
「ドラッグがどの程度、蔓延しているかを調べていく過程で、ごく一部の生徒を中心に広がりを見せている事実に気づいたんです。それらはすべて、佐原先生と親密な関係にある生徒でした」
「親密……」
「具体的に言わなくても、分かりますよね」

肉体関係を示唆されて、気分が悪くなる。

佐原の所業は渡井の友人である野家から聞いていたが、改めて耳にすると嫌悪感が込み上げる。

今にも歪みそうな表情筋をどうにか堪えた。

「……それで?」
「決定的な証拠を掴むために、彼の周りを色々と嗅ぎまわりましたよ。生活リズムから人間関係まで、可能な限り調べました」
「何か出てきたのか」

須藤は「失礼」と断ってから、席を離れて奥の扉の一つに消えた。

どうやら書斎だったらしく、リビングに戻ってきた彼の手には一冊の黒いファイルがあった。

差し出されたそれを受け取り、胸裏で首を傾げつつ開く。

「あ……」
「取引現場の写真です」

ファイルに収められていたのは、数枚の写真。

被写体に気づかれないように撮影したと、一目で分かるおかしな構図ばかりだが、写っているのは紛れもなく体育教諭と生徒だ。

場所はどうやら体育教官室のようで、先日足を踏み入れたときと同じく、室内に他の人影はなかった。

佐原は小さな袋を生徒に渡している様子だが、どうにも距離があり過ぎて手元は判然としない。

厳しい表情で二枚目を確認した千影は、佐原が別の生徒の口に手ずから赤い錠剤を与えている写真に目を見開いた。

アップで撮られた一枚が写し出すのは、今度こそ間違いなく記憶の中のインサニティである。

さらに他の写真を見れば、そのどれにも佐原がインサニティの取引を行っているとしか思えぬ光景が捉えられているではないか。

「よく撮れているでしょう? 随分と無理をしたので、すっかり佐原先生には警戒されてしまいました」

食い入るように写真を凝視している少年に、困り声がかかる。




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