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どうすべきか決めかねる間にも思考は展開し、ひたりと身を寄せる手の動きを想像してしまう。
もしかしたら、するりと外されるかもしれない。
もしかしたら、一気に首を締め上げられるかもしれない。
もしかしたら、千影の考えなど到底及びもしないことが。
そうしていつまでも答えに辿りつけず、ただこの先に起こる出来事を待っている。
緩やかな息苦しさとともに。
「君は私に「インサニティの売人か?」と聞きましたが、答えはNOです」
須藤は徐に話を切り出した。
容易には信じ難い発言に何を返しもせず、黙したまま先を促す。
それは思いもがけず強い口調で放たれた。
「むしろ、私の目的は貴方と一致している」
「え……?」
「私の目的は、碌鳴学院からドラッグを取り除くことです」
予想もしていなかった事態に、瞬間的に脳が動きを止めた。
言葉の意味を理解するのに数秒、手元にある情報と照らし合わせるのにさらに数秒。
ようやく咀嚼し終わっても、飲み込むことが出来なかった。
目を見張って凝視する千影を、須藤は揺らがぬ視線で見つめ返した。
「二年ほど前のことです、この学院でドラッグを見つけたのは。私は当時担当していたクラスの生徒から、その存在を知らされました」
真剣な表情で語り始めた男の瞳は、理性の光りを灯している。
彼の視線に感じていた息苦しさは、もたらされた衝撃の強さに吹き飛んでいた。
「ドラッグは強い催淫作用を得られるという代物で、生徒たちのおもちゃとして使用されていました。問題が問題だけに迂闊に職員会議に挙げることも出来ず、私は学院内に流している元締めを一人で探りました」
「お、おい……」
「行きついたのは、佐原先生です」
「ちょっと待て!」
次から次へと出てくる内容に、混乱せずにはいられない。
千影は強い口調で制止をかけると、ゆっくりと脳内を整理するように尋ねた。
「二年前って言ったか、今」
「えぇ、そうです。ちょうど私が、碌鳴に勤め始めた年でしたから記憶しています」
神妙に肯定され、言葉を失くす。
都内でインサニティが発見されたのは、今年の話だ。
その二年も前から、この学院では流行していたと言うのか。
アンダーグラウンドな世界とはいえ、一つの違法薬物が登場してから公に認知されるまでタイムラグがあり過ぎる。
どれだけ気を配っていても、街中で売買している限りマトリか警察に見つかるのは免れない。
二年以上も存在が明るみに出ないなど、普通ではあり得ないのだ。
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