「君と話した記憶はないけれど、私は銀髪のファントムの仮装をしたんです」

ファントムの衣装を一式持っていたとしても、それは揺るぎない証拠ではない。

言い逃れなどいくらでも出来る。

須藤を追い詰めるカードを一枚失った千影は、しかし少しも慌てなかった。

落ち着いた語調で問いかける。

「そうですか。なら、中身を見せてもらわなくても結構です。ただ、その袋の中に入っているものを、すべて正確に教えてもらえますか?」
「なぜ?」
「お願いします」

警戒するように窺う須藤を笑顔で促せば、彼は僅かな逡巡の後、面倒臭そうに回答した。

「……燕尾服一式とマント、靴と仮面に銀色の鬘だけど」
「それだけですか? 他には何も入れていない?」
「入れていない。もういいかな、パーティで少し疲れていてね。田中君の話に付き合ってあげるには、時間も遅い」

君も早く寮に帰りなさい、と言いながら須藤は千影の横を通り過ぎた。

遠ざかる人の気配。

「先生、俺の秘密を一つ、教えてあげます」

規則的な足音が、ピタリと消える。

千影はゆっくりと背後を振り返った。

「バルコニーで出会ったファントムに、俺はあるものを持たせました」

須藤はもう、戸惑う教師を演じてはいなかった。

冷酷にすら思える無感動な表情で、真っ直ぐな視線を注ぐ。

身体の奥深くまで到達するような瞳を受け止めながら、千影は唇を動かした。

「至近距離で言葉を交わしている間に、相手の燕尾服のポケットにこっそりと入れたんです」

千影は手にしていた携帯電話を操作する。

次の瞬間、辺りに響いた電子音は須藤の持つ紙袋から聞こえていた。

「予備のケータイを」

夏季休暇の失踪以後、長谷川 光の携帯電話のGPS情報は生徒会に掴まれていた。

多くの人間に心配と迷惑をかけた以上、拒否は出来なかったし、制裁被害に遭うことが多かったため安全対策にもなると判断して大人しく生徒会に従った。

事実、元会長方による集団リンチ事件の際は、GPS機能のお陰で救出されている。

しかしながら、千影には調査員としての仕事がある。

居場所を知られてはならない状況に陥ることも想定されたし、迂闊に電源を落せばあらぬ誤解を招く恐れも考えられた。

このため、千影はGPS情報を把握されていない調査専用の携帯電話を新たに一台用意していたのだ。

「長谷川 光」の携帯電話で、銀髪の男に忍ばせた携帯電話のGPSを追いかけた千影は、こうして今、須藤と対峙している。




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