千影が立ち止ったのは、職員寮のほど近くだった。

呼吸の乱れもなく、息を潜めて携帯電話を見つめる。

ついでに時刻を確認すればパーティの終了までもうしばらくあり、周囲は閑散としていた。

シンッと静まりかえった世界を壊したのは、一人分の足音である。

規則的な歩みは真っ直ぐに寮への道を突き進む。

コツン、コツン、コツン。

革靴の音色がもっとも大きく聞こえた瞬間、千影は闇の中から煉瓦道へと歩み出た。

素顔の左目と、仮面に隠された右目で捉えた先には、一人の男。

若々しく端整な面、引き締まった体躯と見上げる長身。

「Close your eyes and surrender to your darkest dream――こんばんは、須藤先生」

驚愕に支配された表情で立ち尽くす、須藤 恵がいた。

相手は困惑した様子で首を傾げた。

「こんばんは。その、君はどこのクラスの生徒ですか?」
「C組の田中です」
「……田中くん、ですか」

余裕を漂わせた口調で嘯けば、須藤は不服そうに繰り返す。

顰められた眉は、本物の田中という生徒を思い浮かべたからか、それともこちらの正体を知っているからなのか。

注意深く相手を観察しながら、千影は男の右手が持つ紙袋を指差した。

「先生、その袋の中身って何ですか?」
「あぁ、ハロウィンパーティの衣装ですよ。君と同じファントムをやるつもりだったんです。恥ずかしくなったので、すぐに着替えてしまいましたが」
「なら俺は運がいいんですね」
「はい?」
「先生がその衣装を着ているときに会えたんですから」

にっこりと微笑むと、須藤の表情は益々険しくなった。

何を言っているのか分からないと、全身から訴えている。

「私が君に会った? 生憎、田中君と話した記憶はありませんが」
「そんなはずありません。先生は確かにファントムの格好をして、俺と話をしました。銀髪がよく似合っていましたよ」
「……別の方と勘違いをしているのでしょう」

冷ややかに言い捨てた須藤は、付き合っていられないとばかりに溜息を吐き出した。

第三者が見れば、怪しげな生徒に絡まれている不幸な教師と思うような光景だ。

だが、千影は一歩も引かなかった。

「いいえ、あれは須藤先生です。そして、霜月 哉流に睡眠薬を服用させたのも」
「睡眠薬ですか。事件そのものは職員会議で聞いていますが、私がそれに関与しているとは随分と失礼なことを言いますね」
「あくまで否定されるなら、その荷物の中身を見せて頂けませんか?」
「構わないよ。あぁ、先に言っておくけれど、この中に銀髪の鬘は入っています」

須藤は意外にも自ら申告した。

銀髪のファントムこそ、千影がバルコニーで遭遇した人物だというのに、なぜ墓穴を掘るような発言をしたのか。

応えは明白だ。




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