宴の後。
保健室のデスクチェアに腰かけた男は、余裕の態度でにこやかに微笑んでいた。
長い足を悠然と組み、頬杖をついてこちらの反応を待っている。
フルリムの眼鏡の奥にある双眸が、どこか楽しげに見えるのは、光の第一声が何であるのか見当がついているからだろう。
今の心理状況では彼の予想通りの言葉を口にしたくはなかったが、どうしてもそれ以外の発言が出て来そうになくて、光は地を這う低音でそれを言った。
「どういうつもりか説明しろ」
木崎の笑みが深くなった。
予想が的中したと伝えて来る表情に、やはり言うんじゃなかったと後悔する。
読まれていると分かっていても自制しきれなかった己に苛立ちを感じつつ、光は白衣姿の保護者を糾弾の瞳で見つめた。
「なんのことだ」
「ハロウィンパーティのことに決まってるだろ!?」
「楽しかったか?」
「楽しかったかって……そんな簡単に言うなよな」
悪びれもなくあっさりと返されて、怒りのボルテージは一気に急降下だ。
彼を相手に怒ったところで意味はないような気になる。
いい加減、これが木崎のかわし方なのだと気付いていたが、憤りを維持していられない。
光は諦めにも似た嘆息を吐きだし、全身の力を抜いていつもの丸椅子にドカリと座り込むと、昨夜の出来ごとを思い出した。
碌鳴祭と呼ばれる文化祭の後、後夜祭としてハロウィンパーティが催された。
様々な仮装をした生徒たちと、美しく改装された体育館に胸を弾ませていられたのは途中まで。
武によってマミーの衣装はおろか、光の変装道具まで取り上げられてしまい、少年は千影としてパーティ会場に戻ることになったのだ。
非常事態が立て続けに発生したのは、それからである。
光はがっくりと俯けていた顔を持ち上げて、木崎の瞳に正面から向き合った。
「銀髪の男に会った」
「は? 銀髪って……まさかあいつか?」
想定していなかった言葉に、木崎の態度が一変する。
子供をからかって遊ぶ意地の悪い大人から、有能な調査員の顔になった。
硬質なものに変化した彼の纏う雰囲気に、少年もまた調査員としての報告を始めた。
「うん。売人にもっとも近いと思われる、あの銀髪だ。会場のバルコニーに出たところで、向こうから接触して来た」
「怪我は?」
「ない。危害を加えてはこなかった」
最有力売人候補との接触だと言うのに、木崎が真っ先に問うたのは銀髪の男の情報ではなかった。
千影の身を何よりも優先する彼に、内心だけで苦笑する。
この先を話せば、彼をさらに心配させるのは分かっていたが、報告を放棄するわけにはいかない。
千影は説教を受ける覚悟を決めると、先を続けた。
「接触の最中に邪魔が入って、ヤツは逃げたんだ。だから俺は――後を追った」
木崎の瞳が驚いたように見開かれる。
「銀髪の男の正体が分かった」
そう言った千影は、あの夜をより強く脳裏に蘇らせた。
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