初恋。




黒曜石の双眸は、射抜くが如く千影を凝視し続けた。

まるで、一時でも目を離せば消えてしまう幻を前にしたようだ。

必死さすら窺える穂積の表情に、ただでさえ騒がしい胸の中心が一層激しく暴れ出す。

千影は破裂しそうな心臓を服の上から抑えつけつつ、ゆっくりと穂積に向き直った。

大きな手が千影の両肩を掴む。

「無事だな」
「え……?」

思わず疑問符が漏れた。

銀髪の男はインサニティの関係者だ。

霜月を危険な目に陥れた犯人でもあるのだから、穂積の心配は当然だ。

素顔での再会に動揺していた千影は、一瞬でもその事実を失念していた自分を恥じた。

呆ける自分を叱咤して、意識を正す。

「大丈夫、何もない」

光ではなく千影の口調で告げると、穂積がほっと安堵するのが分かった。

肩に置かれていた手も外され、近過ぎたことを詫びるように一歩の距離が取られた。

だが、真っ直ぐな視線はそのままだ。

千影はすべてを見透かされている気分になって、危機感を募らせた。

碌鳴学院の中に存在するのは、「千影」ではなく「光」だ。

同一人物であることに間違いはないが、穂積の有する情報はそうでなければならない。

この場で「千影」が穂積と再会するのは、明らかに不自然。

疑念を持たれぬはずがなかった。

案の定、穂積は怪訝な表情を作ると。

「今までどこにいた? 携帯を変えたのか? 危険なことはしていないか?」

こちらの答えを待たずに問いを続けた。

「なぜここにいる? どうやって潜り込んだ? あの男は何だ?」

無理もない。

千影は穂積に一方的な別れを告げたのだ。

光とは別人を装って、騙し欺き行方をくらませた。

責任感が強く優しい穂積が心配をしていないはずはないし、聡明で有能な彼がセキュリティの強固な学院内での再会を見過ごすわけがなかった。

気付いてしまうのだろうか。

再び素顔の自分を見て、「千影」と「光」をイコールで結ぶのだろうか。

気付かれてはならないと分かっている。

なのに、やはり期待する心を殺しきれない。

駄目だと分かっているのに、矛盾した願いは胸に宿ったまま。

気付かれるのが怖い。

でも。

気付かれないのが辛い。




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